抄録
本論文は, 日本語の束縛形式である「自分」の持つ特性, 主語指向性と長距離束縛性の関連を, 第2言語として日本語を習得する英語母語話者の子どもを対象に調査したものである.「自分」における主語指向性と長距離束縛性の問題は, 学習可能性の問題とも深く関わってくる.英語の照応形 (himselfなど) は, 主語指向性はなく, 長距離束縛性もない.したがって, 英語を母語とする日本語学習者は, 母語からの干渉を考えれば, 肯定証拠のみで習得可能な「自分」の長距離束縛性は習得が容易で, 否定証拠を必要とする「自分」の主語指向性は習得が困難という予想が立てられる.12名の被験者を縦断的に調査した結果, 主語指向性が必ずしも長距離束縛性よりも習得困難ではないことが判明した.このような習得過程の1つの説明は, 英語の照応形と日本語の「自分」は共通部分よりも相違部分の方が遥かに多いため, 母語の照応体系に照らして「自分」を習得したのではなく, 母語の幼児と同様の過程で習得した可能性が考えられる.