生産研究
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特集に際して
乱流シミュレーションと流れの設計(TSFD)特集に際して
長谷川 洋介
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2024 年 76 巻 1 号 p. 3

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「乱流シミュレーションと流れの設計(TSFD: Turbulence Simulation and Flow Design)」研究グループは,理学・工学分野で重要となるさまざまな乱流現象の数値シミュレーション手法に関して,流体物理学,機械工学,建築工学分野を中心として共同研究を行ってきたが,現在は数値シミュレーションの適用範囲を海洋工学,生体工学,安全工学,環境工学,気象学にまで広げて活動している.TSFDグループは,その前身となる乱流シミュレーション研究会(NST: Numerical Simulation of Turbulence)時代からの活動も含めると30年以上にわたる活動実績を誇る.グループ全体の活動としては生産研究の毎年2月号に掲載させていただいている本特集の発行に加えて,2ヶ月に1回開催される定例会,毎年3月に開催されるTSFDシンポジウムがある.現在のTSFDグループは,基礎系部門の半場藤弘研究室(流体物理学研究室),機械・生体系部門の加藤千幸研究室(熱流体システム制御工学研究室),大島まり研究室(数値流体力学研究室),北澤大輔研究室(海洋生態系工学研究室),人間・社会系部門の大岡龍三研究室(都市エネルギー工学研究室),菊本英紀研究室(複雑系環境制御工学研究室)に小生の研究室を加えた合計7研究室から構成されている.本特集号はグループに所属する研究室の最新の研究成果を集めたものであり,本年度は乱流の基礎理論とモデリング,建築物や環境中の対流拡散の予測,流動場予測のための機械学習やデータ同化の応用例などに関連する7編の論文を掲載している.

流体現象は,我々の身の回りの環境や工学製品,更には生体内における輸送現象と密接に関わっており,対象とする流れのスケールは分野により大きく異なる.たとえば,人体の血管内の流れの代表スケールはマイクロメートルからミリメートルオーダーであるが,ガスタービンや自動車まわりの流れはセンチメートルからメートルスケールである.また,土木・建築分野で重要となる室内気流やビル風,市街地の風況などはメートルスケールからキロ・メートルスケールの流れである.さらに,地球物理学では太陽風などの宇宙のスケールの流れも研究されている.

TSFD研究グループは,多様な専門分野の研究者が流体現象や流体シミュレーションに関わる課題を共有し,その解決方法を議論する場として形成された.流体現象の基礎方程式(Navier-Stokes方程式)自体は19世紀に提案されたものであるが,その解は,強非線形性,マルチスケール性を有し,多くの場合,その解析解を得ることはできない.従って,数値的にその近似解を得たいというニーズが古くから存在する.しかし,流体運動の全時空間スケールをシミュレーションで再現することは非現実的であるため,TSFDグループが発足した1980年代は,平均化されたNavier-Stokes方程式(RANS: Reynolds Averaged Navier Stokes Equations)を用いて,平均場を正確に予測することに主眼が置かれた.1990年代に入り計算機性能が向上すると,スケールの大きな渦運動は数値的に解く一方,グリッドスケール以下の渦はモデル化する LES(Large Eddy Simulation)が行われるようになり,そこではサブグリッドスケールの輸送現象のモデリングが課題となった.更に,2000 年以降になるとスーパーコンピュータの出現により,ほぼ全ての渦を解像する高解像度LES や直接数値シミュ レーション(DNS: Direct Numerical Simulation)が適用され,従来入手が困難であった乱流現象の時空間データが得られるようになりつつある.

国内では,長年に渡り「地球シミュレーター」,「京」,そして「富岳」といったハイエンド・スーパーコンピュータの開発,運用が進められ,学術界のみならず,産業界においても実用流れに関する信頼性の高い熱流体シミュレーションが行われるようになり,多様な製品開発において必要不可欠な設計ツールとなりつつある.一方で,シミュレーションの大規模化に伴い,得られる膨大なビッグデータから如何に現象の本質や物理を抽出するかが大きな課題となっており,従来の人間の洞察に頼った手法に加えて,最近では機械学習を用いる手法が大きく注目されつつある.また,実験データをシミュレーションに取り込むことにより,現実空間で生じる現象をデジタル空間で再現するデジタルツインなどの新しい概念は,環境予測やものづくりの方法論を大きく変える可能性を秘めている.

このように,熱流体分野は古い学問領域である一方,計算機資源の進展や新しい解析手法の出現により,現在でも,その進化は留まることなく,むしろ,大きな変革期を迎えていると言える.本特集号を通じて,これらの流体研究や流体シミュレーションの研究動向の一端がお分かり頂けば幸いである.

 
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