日本生態学会誌
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宮地賞受賞者総説
ツボカビを考慮に入れた湖沼食物網の解析 (宮地賞受賞者総説)
鏡味 麻衣子
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2008 年 58 巻 2 号 p. 71-80

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抄録

食物網動態を解析する上で、寄生者はその小ささから無視される傾向にある。しかし、湖沼の食物網において、植物プランクトンに寄生するツボカビは重要な役割を果たす事が明らかになってきた。分子生物学の発展と培養系の確立によって、これまで困難であったツボカビの種多様性や遺伝的多様性の解析、ツボカビ症の蔓延機構の解明、寄生寄生者間の共進化関係の検証など、生態学的研究の可能性も広がっている。本稿では、ツボカビについて、その系統関係、生活史、観察・培養方法、植物プランクトン-ツボカビ関係、および食物網の中での位置づけについて紹介する。植物プランクトンの多くの種がツボカビに感染する。ツボカビは真菌類の中で最も祖先的な位置を占め、遊走子を作ることが共通の特徴である。遊走子は寄主を見つけると細胞表面に付き、寄主細胞から栄養を吸収し、胞子体となる。胞子体が成長すると新しい遊走子を水中へ放出する。ツボカビの寄生特異性は高く、特定の植物プランクトン種の個体群密度を短期間で減衰させるため、植物プランクトンの季節遷移を制御する重要な要因である。ツボカビ症の蔓延は、ツボカビが植物プランクトンよりも早く増殖した場合にのみ起こる。その環境条件については未だ統一見解はなく、植物プランクトンの成長にとって悪い環境条件で蔓延する場合もあれば、好適な条件で蔓延する場合もある。植物プランクトンは様々な手段でツボカビから防御しており、化学的防御や感染した場合にあえて早死にする過敏感反応、遺伝的多様性の維持などが知られている。ツボカビ遊走子は、その細胞サイズと含有栄養素(不飽和脂肪酸やコレステロール)から、動物プランクトンによって良い餌であることが明らかになった。動物プランクトンはツボカビを捕食する事で成長に不可欠な栄養素を獲得し、成長が促進される。大型の植物プランクトン(>50μm)は、動物プランクトンには食べられにくく湖の底へ沈降すると考えられてきたが、ツボカビに寄生された場合、そのツボカビの一部(遊走子)が動物プランクトンに捕食されるため、ツボカビを介して食物網に組み込まれることが明らかになった。すなわち、ツボカビは湖沼食物網の中で、利用されにくい大型植物プランクトンを食物網に介入させ、植物から動物への物質転換効率を上げる役割を担っていると捉えることができる。ツボカビを介した物質経路マイコループの存在が新たに解明された。

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© 2008 一般社団法人 日本生態学会
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