日本生態学会誌
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特集3 東南アジア熱帯雨林林冠の節足動物の群集構造と多様性
アリ植物共生系に見られる多様な種間関係の化学生態
乾 陽子
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2016 年 66 巻 2 号 p. 413-419

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抄録

ランビルの森に優占するフタバガキ科の林冠木の樹冠には、シダやランなどの着生植物が多く見られる。こうした着生植物が提供する微小生息場は、主として樹上性のアリ類が占有している。特に、着生のシダ(ウラボシ科)2種は、明瞭なドマティア(空隙構造)を有し、そこに著しく攻撃性の高いシリアゲアリが排他的に営巣する。このアリ種により、他の樹上性のアリ類やシロアリ類が少なくなるだけでなく、シダや林冠木の食害も低く抑えられていることがわかった。極めて多様性の高い樹冠において、シリアゲアリと着生シダのコンビネーションは多様な他種を排除し画一化を促進しているようにも見えるが、着生シダのドマティアには、この強力なアリの攻撃をかわし好適な微小生息場を得る好蟻性の節足動物が複数生息していた。そのなかで極めて豊富だったのが新属新種のゴキブリである。特筆すべきはこのゴキブリ種が自身の化学的プロフィールをアリコロニーに蔓延させ、多くの好蟻性昆虫に知られる化学擬態とは異なる方法でアリ巣に潜入していたことである。シリアゲアリ種は、着生シダさえあれば樹冠に君臨し高い排他性を示す一方で、化学的セキュリティーを致命的に欠くように見える。一方、同じ調査地に分布する亜高木のオオバギ属(トウダイグサ科)アリ植物にも植物を防衛するアリの攻撃をかわし、特定のオオバギ種を専食するムラサキシジミ類(シジミチョウ科)の幼虫が知られている。このムラサキシジミ類もまた、よく知られた好蟻性昆虫の化学擬態とはまったく異なる特徴的な化学的戦略をもつと示唆される化学プロフィールを示した。熱帯雨林地域にのみ進化したアリ植物の共生系は、単に防衛アリと植物の相利的関係としても種間関係の強度が多様であることがこの十数年で明らかになったが、さらにその共生系に便乗する好蟻性昆虫も非常に多様であり、そのなかにはこれまで知られていなかった種間関係やその化学的な維持機構が潜んでいる。

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