日本生態学会誌
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群集のなかの雌雄差:雌雄異株植物ヒサカキを例に
辻 かおる
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ジャーナル オープンアクセス HTML 早期公開

論文ID: 2408

詳細
要旨

雌雄の形質の違いは、性淘汰や性的対立など、同種他個体間の相互作用を反映するものとして捉えられてきた。しかし、形質に雌雄差がある種では、他種との関わりも性別により異なる可能性がある。またその結果、雌雄差が複数の種からなる群集構造に影響を及ぼすこともありうる。雌雄差は種内の現象、群集は種間の現象として、別々に研究される傾向があり、雌雄差と群集構造の関係についてはあまり実証されてこなかった。この関連を明らかにすべく花形質に雌雄差がみられる雌雄異株植物、ヒサカキEurya japonica Thunb.を対象に研究を行っている。本総説で紹介する研究は、ヒサカキの花を食害するソトシロオビナミシャクChloroclystis excisa Butlerの幼虫が雄花でしか見つからないことの発見から始まった。この発見を起点に、花の雌雄差が花食性昆虫や送粉性昆虫、花蜜内微生物に与える影響、昆虫や微生物が植物の繁殖成功に与える影響などを解明した。これら一連の研究から、ある一種の生物の雌雄差は多岐にわたる分類群から成る生物群集に影響を与え、また逆に、群集が雌雄差の進化に影響を与える可能性があることが示唆された。今後、様々な生物種を対象として、生物間相互作用網を介し雌雄差と群集がどのように関わりあっているのかを調べることで、群集形成過程や雌雄差の進化をより深く理解できると期待している。

Abstract

Female and male individuals of a sexually dimorphic species may interact differently with heterospecific individuals. However, evidence demonstrating such phenomena remains scarce. This study explored relationships between sexual dimorphism and ecological communities, focusing on the dioecious plants Eurya japonica Thunb. and Eurya emarginata (Thunb.) Makino. The results showed that sexual dimorphism in floral traits exerted significant effects on the behavior of flower-visiting flies, bees, and other insects, as well as the survival, growth, and oviposition behavior of flower-feeding moths, and the abundance and community structure of nectar-inhabiting bacteria and yeasts. These effects on insects and microbes may in turn affect the evolution of floral traits and plant reproductive success. These findings demonstrate the wide-ranging effects of sexual dimorphism in ecological communities.

はじめに

雌雄差や性的二型として知られる雄と雌の違いは、性選択に代表されるように、おもに同種内の相互作用の中で進化してきたと考えられ、進化学の分野で研究されてきた。一方、多くの種からなる群集は、生態学、なかでも群集生態学において、種間の相互作用や種多様性が着目され研究が行われている。この「雌雄差」と「群集」は異なる研究分野で、それぞれ独立の現象として扱われてきたが、本総説ではヒサカキEurya japonica Thunb.という樹木を研究するなかで分かってきた「雌雄差」と「群集」の密接な繋がり(図1)を紹介する。

図1. ヒサカキの花の雌雄差と、昆虫群集や微生物群集の繋がり

黒矢印は実証された繋がりを、灰色矢印は示唆されている繋がりを示す。生物のイラストはBioRender、Callie R. Chappell、神崎裕一郎による。

ヒサカキ

ヒサカキはモッコク科ヒサカキ属の樹木で、日本では東北以南に分布し、朝鮮半島や中国、台湾にも生育する(Chung and Chung 2000; Tsuji and Sota 2011; Wang et al. 2016)。本種は神事や仏事に利用され、西日本では二次林の優占種として知られる。早春に花を咲かせ、独特の香りを放つ虫媒花植物である(Wang et al. 2016; Tsuji and Ohgushi 2018; Tsuji et al. 2020; Tatsuno et al. 2023)。秋から冬にかけて果実が熟し、果実食の小鳥などにより種子が散布される(真鍋ほか 1992; Nagami et al. 2022; Tsuji 2023)。雑居性雌雄異株であるヒサカキには、雄花のみをつける雄株、雌花のみをつける雌株、両性花をつける両性株があり、性転換も報告されている(邑田ほか 1991; 肥後 1994, 2002; Tsuji and Sota 2010; Wang et al. 2015, 2016, 2018)。これら両性株や性転換も興味深い現象ではあるが、本総説では調査地で個体数が多かった雄株と雌株に着目する。

花の雌雄差が昆虫や微生物群集に与える影響

2005年の冬に滋賀県大津市の林でヒサカキを観察していると、雪の日にも関わらずソトシロオビナミシャクChloroclystis excisa Butler(以下ナミシャク)の幼虫がヒサカキの花の蕾を食べていた。冬期に休眠せず活動する幼虫に興味をもち観察を続けると、この幼虫はヒサカキの雄株にはいるが、雌株では全く見つからないことに気がついた。興味を惹かれ、この発見から「性的二型と群集の繋り」を考え始めた。以下、このナミシャクと花の蕾の関係に始まり、開花後の花と昆虫や花蜜に棲む微生物群集との関わりについて記す。

花の蕾の雌雄差と花食性昆虫

1)食害の雌雄差

植食性昆虫のなかでも、葉食者にくらべ花食者の研究は少なく、花の性的二型と花食性昆虫の関係はほとんど研究されてこなかった。一方、葉などの栄養器官に着目すると、植物の性と植食性昆虫の関係を調べた研究例はいくつかあり、ヒサカキの研究を始めた当初は、雄植物の方が雌植物よりもより食害されている傾向にあると考えられていた(Ågren 1987; Wolfe 1997; Ågren et al. 1999; Ashman 2002; Cornelissen and Stiling 2005)。しかし、研究が進むにつれ、最近では、雌植物の方がより食害される例も増え、植物の性と植食者には一貫した関連がない可能性も指摘されはじめている(Sargent and McKeough 2022)。とはいえ、雄または雌の植物がより食害される現象は幅広い分類群の植物で見られており(Cornelissen and Stiling 2005; Sargent and McKeough 2022)、ヒサカキの花の蕾では、植食性昆虫による食害痕は雄花で多く観察された(Tsuji and Sota 2013)。

また、極端に片方の性の植物のみを昆虫などの植食者が食害する現象は報告されておらず、植物の性は植食者の成長などには影響を与えないと考えられていた(Cornelissen and Stiling 2005)。しかし、ヒサカキを食べるナミシャク幼虫はどれだけ探しても、雌株からは見つからず(Tsuji and Sota 2010)、あまりに極端な違いが気になり、なぜ雄花の蕾しか利用していないのかを調べることにした。

2)花の蕾の雌雄差がナミシャク幼虫に与える影響

幼虫にヒサカキの雄花の蕾か雌花の蕾のどちらかのみを与えると、雄花の蕾を食べた幼虫はすべて成虫となった一方、雌花の蕾を食べた幼虫は数個の蕾を食べた後、99.7%の幼虫が死亡した(図2a, Tsuji and Sota 2010)。幼虫が食べる蕾の外側は萼で完全に覆われており、その萼の内側に花弁や蕊がある。幼虫は雄花の蕾でも雌花の蕾でも、まず最初に萼を食べ、穴を掘るように食べすすめ、内部の花弁などの組織に到達したあとは萼を食べることはない。そこで、蕾の一部を切除し、幼虫が萼を食べずに花弁などの蕾内部を食べられるようにし与えてみた。すると、雌花の蕾でも、幼虫は花弁や雌蕊を食べ、すべて成虫となった(Tsuji and Sota 2010)。このことから、幼虫は雌花の萼を食べたことにより死亡したと考えられる。萼には何らかの幼虫の成長を阻害する物質が含まれていると予想されたため、一般的に化学防御物質の指標としてよく使われる縮合タンニン量を測定したところ、雌花の萼には、雄花の萼の倍ほどの縮合タンニン量が含まれていた(Tsuji and Sota 2010)。幼虫の死亡要因となった具体的な化学物質の特定は今後の課題であるが、雄花の蕾にくらべ、雌花の蕾は植食性昆虫への防御形質がより発達しており、それが原因でナミシャク幼虫は雌花の蕾を餌として利用できず、雄花の蕾のみを利用していたと考えられる。

図2. ヒサカキの花の蕾を餌として利用するシャクガ3種に蕾付きの枝を与えた際の生存率

(a)ソトシロオビナミシャク (b)ナカウスエダシャク (c)ウスキツバメエダシャク。蕾のみを食べるナミシャクでは、生存率にヒサカキの性別が影響を与えた(a)一方、葉と蕾の両方を食べるエダシャク2種では生存率にヒサカキの性別は影響を与えなかった(b, c)。雄の枝を与えた場合、ナミシャクの生存率が他2種のエダシャクより高い(a, b, c)のは、若齢幼虫期にナミシャクは微生物が少ない蕾の中で成長する一方、エダシャクは微生物が多く付着する葉上で成長するため、病気に感染しやすかった可能性が考えられる。

3)ナミシャクの雌成虫の産卵行動の進化

体長数ミリのナミシャク幼虫が、産卵された木から別の木へと移動するのは難しい。また、幼虫は雄花の蕾しか利用できないため、もし雌花の蕾に産卵されたら死亡してしまうだろう。それでもナミシャクの雌成虫は雌株に産卵するのだろうか。実験的に容器の中に雌雄の蕾を提示して産卵させると、雌成虫は雄花の蕾により多く産卵した(Tsuji and Sota 2010)。他の鱗翅目昆虫が産卵時に寄主植物を選ぶ際には、化学物質の認識が重要な役割を果たしており(Berenbaum and Feeny 2008; Poelman et al. 2009)、ナミシャクでも産卵時の行動や、発達した感覚毛などから、蕾にある化学物質が産卵行動の鍵を握っていると予想される。共同研究者と共にヒサカキの蕾にある化学物質を調べてみると、複数物質の含有量が雌雄の花の蕾で異なっていたため(Miyazawa et al. 2016)、ナミシャクがその違いを認識していても不思議ではない。

このナミシャクはロシアなどの寒冷地をふくめ、九州以北の日本全国に分布する。一方、ヒサカキは寒冷地で生育できず、北海道や青森、高標高地域などには分布しない。比較的温暖な近畿地方ではナミシャクはおそらく年2化で、冬の幼虫期にはヒサカキの雄花の蕾を利用し、次の世代の幼虫はツツジ科複数種の花を食べて育つ。一方、ヒサカキのない寒冷地では、生活史の詳細は明らかではないものの、ツツジ科の花や果実を食べていることが報告されている。

もし、観察されたナミシャクの雄の蕾を選んで産卵する行動が、雄株と雌株で花食者に対する防御形質が異なるヒサカキへの適応なら、ヒサカキのない地域のナミシャクはヒサカキの雌雄の蕾を見分けることができないのではないだろうか。そこで、各地からナミシャクを採集し、実験室でヒサカキ蕾を提示した。すると、ヒサカキの分布域のナミシャクにくらべ、ヒサカキがない地域のナミシャクでは、雌花の蕾に産卵する割合が高かった(Tsuji and Sota 2011)。

行動の進化過程を調べるために、COI遺伝子830-bpを解析したが、地域間で有意な分化はみられず、調べた領域の遺伝子が分化するより早く、ヒサカキの雌花ではなく雄花を選好する産卵行動が進化した可能性も考えられる(Tsuji and Sota 2011)。産卵行動やその進化過程の詳細を理解するにはさらなる検証が必要だが、化学防御物質などの植物の形質の雌雄差がナミシャクの産卵行動の進化を促したように、生物の雌雄差は他種の行動の進化にも影響を与えうると考えられる。

4)花の蕾の雌雄差がナミシャク以外の花食性昆虫に与える影響

上述のナミシャクはヒサカキの雄花の蕾のみを食べ、葉を食べることはない。野外で観察していると、ナミシャク以外にもヒサカキの花の蕾を食べるエダシャクなどがおり、それらは蕾と葉の両方を食べ、雌花の蕾も食べていた。これらの葉と花の蕾を食べるナカウスエダシャクAlcis angulifera ButlerとウスキツバメエダシャクOurapteryx nivea Butlerにはヒサカキの性別は影響を与えていないのだろうか。調べてみると、両種ともに、幼虫の生存率に株の性別は影響しなかった(図2b, c)が、ナカウスエダシャクでは、雌の枝にくらべ雄の枝では、幼虫はより多くの蕾を食べ、成長が早かった(Tsuji and Sota 2013)。一方、ウスキツバメエバシャクは蕾も食べてはいるが、あまり蕾を食べず主に葉を利用しており、ヒサカキの性は幼虫の発育や、蕾の食量に影響を与えていなかった(Tsuji and Sota 2013)。

ここまでの植食性昆虫の調査から、植物の雌雄差は時に植食者の生死を分けるほどの影響をもち、植食者の行動の進化をもたらす淘汰圧になり得ること、同じ鱗翅目であっても、植食者の種により、植物の雌雄差から受ける影響が異なることが明らかとなった。

5)花の雌雄差が訪花性昆虫に与える影響

ナミシャクはヒサカキの花の蕾を食べ、その後は土に潜って蛹化するため、開花したヒサカキの花に訪れることはない。しかし、開花した花には、鱗翅目をはじめ膜翅目、双翅目、甲虫目など多種多様な分類群の昆虫が訪れる。

性別により花形質が異なる植物種は多く、これら植物では性別により、送粉性昆虫の誘引の程度が異なることなどが知られていた(Eckhart 1999; Geber et al. 1999; Dötterl et al. 2014; Harder and Barrett 2006)。ヒサカキでも、花の大きさや、花蜜の量や糖度など、開花後の花形質に雌雄差がみられたため、訪花性昆虫群集を雌雄の株で比較した。観察された訪花昆虫は雌雄の花のどちらにも訪れていたが、訪花性昆虫群集の種構成は雌雄の花で異なっていた(Tsuji and Ohgushi 2018)。より詳細には年により変動はあるものの、双翅目は雄花で、膜翅目が雌花で多く観察された。さらなる検証が必要だが、双翅目は花が大きいほど多く観察されたため、雌花より大きい雄花で双翅目が多く観察された可能性がある。また、花の大きさだけでなく、花蜜報酬や、後述する花蜜内微生物なども双翅目や膜翅目の訪花行動に影響を与えている可能性も考えられる。

6)花の雌雄差と花蜜内微生物

上述のように、花の雌雄差は植食性昆虫や送粉性昆虫などの昆虫群集に影響を与えていたが、花を利用するのは昆虫だけではない。多くの花の蜜には酵母を含む菌類や細菌といった幅広い分類群の微生物が棲んでおり(牧野・横山 2014; Vannette 2020)、ヒサカキも例外ではない。ヒサカキとその近縁種ハマヒサカキEurya emarginata(Thunb.)Makinoでは雌花の花蜜は雄花よりも多く、かつ、糖度も高いことから、微生物にとっての蜜環境が雌雄の花で異なり、花蜜内微生物群集も雌雄の花で異なるのではないかと考えた。そこで、培地を用いて蜜内の微生物を検出すると、予想通り、雌雄の花で微生物の種組成は異なり、また、雌花に比べ雄花からはより多くの微生物が検出された(Tsuji and Fukami 2018)。花蜜糖度が高いほど、微生物にとって浸透圧が高い環境であり、雌花の花蜜の高い糖度が微生物の増殖を抑制したことが微生物の検出量の違いにつながったと考えられる。実際に、酵母の一種Metschnikowia gruessii Giménez-Juradoでは、雄花に比べ雌花では増殖が抑制されていたため(Tsuji and Fukami 2018)、他の微生物種でも類似のことが起きている可能性がある。

一般的に、花の蜜に棲む多くの微生物は開花後、花に定着する(Chappell and Fukami 2018; Álvarez-Pérez et al. 2019; Vannette 2020)。特に、訪れる動物が体につけた微生物を花から花へと運んでいる(Vannette and Fukami 2017)。また、細胞の小さい細菌は雨や昆虫、鳥などにより花に運ばれてくる。一方、細胞の大きい酵母などは雨ではなく、主に昆虫や鳥などにより運ばれる。そこで、昆虫がヒサカキ属の花蜜に棲む微生物群集に与える影響を調べるため、花に袋掛けを行い微生物群集にどのような変化が生じるのかを調べた。

すると、雄花雌花ともに、袋をかけると、酵母は減少した。これは、袋掛けにより、昆虫の訪花が減り、酵母が運び込まれなくなったためと考えられる。一方、細菌は袋掛けにより増加した。細菌も昆虫に運ばれるため、袋掛けにより減少すると予想していたが、予想に反し増加したのは、他の植物の花蜜内微生物で報告されているように細菌と酵母が競争関係にあり(Tucker and Fukami 2014; Chappell et al. 2022)、袋をかけると競争相手の酵母がいなくなったためかもしれない。さらに、雄花、雌花ともに袋をかけると共通の変化がみられたが、その変化は雄花でより大きかった。つまり、昆虫が花蜜の微生物に与える影響は、雌花よりも雄花で大きいことになり、このことは、花と微生物、昆虫の繋がりや蜜の中での微生物同士の関係が雌雄の花で違っていることを示している。

この蜜の微生物の研究から、花の雌雄差は、細菌や酵母といった分類群が大きく異なる生き物に多様な影響を与えており、花をめぐる生き物たちのつながりに影響を及ぼしていることが分かってきた。

動物や微生物がヒサカキの繁殖成功に与える影響

ここまでは、ヒサカキの雌雄差が昆虫や微生物群集に与える様々な影響を考えてきたが、昆虫や微生物はヒサカキの繁殖成功にどのような影響を与えているのだろうか。少なくとも、送粉性昆虫はヒサカキの繁殖成功に影響を与えていると思われ、昆虫や微生物がヒサカキの繁殖成功に影響しているなら、それらはヒサカキで見られる雌雄差の進化にも影響をもたらしているかもしれない。

送粉性昆虫が花の雌雄差に与える影響

ヒサカキの雄花は雌花より大きいが、蜜報酬は少ない。花形質の雌雄差の進化については、性選択などいくつかの仮説が提唱されているものの、これまでの性選択の仮説だけで説明できる花形質の性的二型のパターンは、1)片方の性で花が大きくかつ報酬も多い、2)片方の性で花が大きく報酬には差がない、3)大きさに差はないが報酬だけに違いがあるといったものである(Bell 1985; Harder and Barrett 2006; Delph 2007; Ashman 2009; Barrett and Hough 2013; Vega-Frutis et al. 2013; Kriebel 2014)。ヒサカキのように雄花が大きく報酬は雌花が多いといった、それぞれ異なる形質が性別により発達しているパターンは他種でも観察されているが(Cervantes et al. 2018)その理由は明らかにされていなかった。

花が大きいほど、送粉者に報酬があることを示す、目立つ看板であるのなら、送粉者はまず最初に花の大きな雄花に引き寄せられるのではないだろうか。他にも、匂いも看板のような働きがあると思われるが、ヒサカキでは匂いもまた、雄花で強くなっている(Wang et al. 2018)。送粉者が雄花に訪れたとして、蜜報酬が少ないと、より良い資源を探し、別のタイプの花に移動するかもしれない。その時近くに咲く小さな雌花に移動すれば、送粉者は雄花から雌花へ移動することになる。この雄花から雌花への移動は、花粉の受け渡し、ひいては受粉率の面から見ても効率的な移動である。

そこで、送粉者は雄花と雌花を前にした時、どのような行動を取るのかを観察した。水槽の両端に雄枝と雌枝を提示し、水槽の中央から二種の送粉性のハエを放し、その後の行動を追跡した。最初どちらに行くのかに違いは見られなかったが、雄枝に最初訪れたハエほど花での滞在時間が短く、もう一方の枝、この場合は雌枝、に移動する頻度が高かった。このことから、少なくとも送粉性のハエは報酬の違いを感知できていることが分かる。また、小さな水槽では匂いが充満しており、野外とは異なる環境であったため、野外では匂いや花の大きさの違いを感知できていてもおかしくはないだろう。

このような、雄花から雌花へと移動する昆虫の行動は、花形質の雌雄差の進化をもたらす駆動力となり得るのだろうか。樹齢数十年のヒサカキの生涯繁殖成功を実際に測ることはできないが、シュミュレーションなら擬似的な進化を追えるはずである。共同研究者の小林和也さんが行ってくれたシュミュレーションによると、実際に、送粉者の行動が花の雌雄差の進化を駆動することが示されている(Tsuji et al. 2020)。より詳細には、送粉者が花の大きさや蜜報酬の量を認識し、初見では大きい花に訪れやすく、2回目の訪花では初回の訪花時の経験をもとに、蜜の報酬量を予測して行動すると仮定すると、雌雄差のない状況からでも世代を経る中で、ヒサカキでみられる花形質の雌雄差が進化した(Tsuji et al. 2020)。

この送粉者の行動に着目した研究から、開花後に花に訪れる昆虫が花の性的二型の進化を駆動する可能性が示唆された。

花食害による結実の減少

送粉性昆虫のように花食性昆虫もまた雌雄差の進化に関わっているかもしれない。もし進化に関わっているなら、少なくとも花食性昆虫はヒサカキの繁殖成功を変化させているはずである。そこで、手始めに実験が容易な雌株を材料に、花の食害が雌花の受粉にどのような影響を与えているのかを調べてみた。

野外で食害後の雌花を観察していると、柱頭と花弁の先端が食害されている様子が頻繁に見られた。これは蕾の時期か、蕾がほころび始めた頃に萼の薄い花の先端を昆虫が齧った痕と思われる。この傷跡を真似て、柱頭と花弁の両方を傷つけると、人工的に花粉をつけた場合でも、昆虫に受粉を任せた場合でも、花はほとんど結実しなくなった。これは、柱頭を失い生理的に受粉ができなくなったためと思われる。

他にも、野外でみられる花の傷跡には、少ないながらも花弁だけが傷ついているということもある。そこで、柱頭は傷つけないように、花弁だけを大きく傷つける実験を行った。すると、人工受粉では傷ついてない花と同様に結実したが、昆虫に受粉を任せた場合、花弁が傷つくと結果率が半減した(Tsuji and Ohgushi 2018)。

これら結果から、雌花が昆虫に食害されると、受粉できなくなったり、送粉者をうまく呼べず、雌の繁殖成功が大きく低下することが考えられる。つまり、花食性昆虫はヒサカキの繁殖成功を左右し、花の雌雄差の進化に寄与している可能性があるのではないだろうか。とくに植物の防御形質は一般的に植食性昆虫などに対する適応進化であると考えられているため、防御形質の性的二型の進化に植食性昆虫が関わっていてもおかしくはない。

ではなぜ雌花の防御が強いのだろうか。この答えは未だはっきりしないが、いくつかの可能性は考えられる。一つは、雌花の食害は雄花の食害に比べ、繁殖成功の低下度合いが大きく、雌花のほうがより防御形質に投資をするような進化をしたというものである。実際、今回の実験からも、雌花が食害されたときの繁殖成功度の低下度合いの大きさが伺える。また、花粉は胚珠に比べ数が圧倒的に多いことからも、雌雄の株で食害による繁殖成功の影響が異なることが考えられる。

しかし、それではなぜ雄花は食べられているにも関わらず、雌花のように防御しないのかには答えられない。それは食害による繁殖成功の度合いが雌雄の株で違ったとしても、もし雄花が雌花のように防御したなら、例えば、ナミシャクはヒサカキを全く利用できなくなり、ヒサカキはこの蛾の食害から逃れられるかもしれないからだ。この答えは、防御にかかる資源投資コストと防御により食害を逃れられるベネフィットのバランスで説明できるかもしれないが、最近これまでの研究を見直すなかで、次の段落で考察する可能性も考えられることに気がついた。

ナミシャクの幼虫に雌花を食べさせた時、296頭中1頭だけは生き残った(図2a)。この1頭は成長に時間がかかり、体サイズも小さくはあったが無事に羽化し、成虫となった。個体数は少ないものの、生存できた個体がいたことから、新規の農薬に対し害虫が農薬耐性を獲得するように(Denholm and Rowland 1992; Hawkins et al. 2019)、ヒサカキとナミシャクでも農薬と薬剤耐性のような軍拡競争が起こる可能性が考えられる。もし雄花と雌花で防御形質が等しくなる進化と軍拡競争が起きると、ナミシャクは雄花も雌花も食害するように進化し、雌株が大きなダメージを被り、ヒサカキの世代更新に大きなダメージとなるため、雌雄で差がないような防御形質をもたらす遺伝子は、雌の繁殖成功の低下のために淘汰されてしまうかもしれない。

上述のように雌雄で防御形質が異なるヒサカキでは個体の性転換が知られている。性転換の割合は、ヒサカキの寿命が長いこともあり定かではないが、これまで調査した滋賀と和歌山の2地点ではどちらでも観察されており、他の地域でも報告されている(Wang et al. 2016)。そのため、同一個体でも、性転換にともなって防御形質の表現型の変化がみられるかもしれない。

花蜜内微生物による種子数や果実の変化

花の雌雄差の進化に関与しているのは、昆虫だけではないかもしれない。花の蜜に棲む微生物もまた、花食性昆虫のように、ヒサカキの繁殖成功に影響を及ぼすことも考えられる。そこで、ヒサカキの花蜜から単離した酵母Metschnikowia reukaufii Pitt & M.W. Mill.と細菌Acinetobacter boissieri Álvarez-Pérez, Lievens, Jacquemyn & Herreraをヒサカキの雌花に導入し、種子や果実の生産にどのような影響があるのかを調べてみた。他の植物種では、花蜜内で酵母と細菌が競争していること、競争の勝ち負けはどちらが先に蜜に入るかといった先住効果により決まることが示されている(Tucker and Fukami 2014; Chappell et al. 2022)。ヒサカキでも、酵母が多く見つかった花からは細菌はあまり見つからず、その逆も見られたことから、今回導入した酵母と細菌は競争関係にあると考えられる。このような酵母と細菌、どちらを導入するのかにより、結果率(果実数/花数)や結実率(種子数/胚珠数)が変化した(Tsuji 2023)。とくに、細菌を導入したほうが、酵母を導入した場合より結果率や結実率が高かった。この結果は細菌ではなく酵母がいるほど送粉者を誘引し、結果率が高くなるといった他の植物での報告例(Vannette et al. 2013; Good et al. 2014; Schaeffer and Irwin 2014; Vannette and Fukami 2018; Yang et al. 2019)と逆になっている。はっきりした理由は定かではないが、これまで報告されてきた例は、主に、甘くて良い花の香に誘引されるハチドリやハナバチにより、花粉を媒介される植物である(Vannette et al. 2013; Good et al. 2014; Schaeffer and Irwin 2014; Vannette and Fukami 2018; Yang et al. 2019)。ヒサカキには主にハエ目昆虫が訪れ、その多くが、硫黄成分を含むような嫌な花の臭いに誘引されるキンバエ類(Jürgens et al. 2013; Shuttleworth and Johnson 2010; Urru et al. 2011; Zito et al. 2013, 2015)などである(Tsuji and Ohgushi 2018)ことも理由の一つかも知れない。

また、今回、結実率が低いほど、果実が小さく、また熟すのが遅くなり、種子散布を行うヒヨドリHypsipetes amaurotis TemminckやメジロZosterops japonicus Temminck & Schlegelなどの小鳥に食べられにくいことも明らかとなった(Tsuji 2023)。また、ヒサカキの種子の発芽は鳥などに食べられ種子周りの果肉がなくなることにより、促進される(真鍋ほか 1992)。これらのことは、花蜜内微生物は、種子散布共生系にまで影響を与え、植物の繁殖成功を左右する可能性があることを示唆している。

これら上述の研究から、花を食害する昆虫や花蜜に棲む微生物は、花の雌雄差の影響を一方的に受けているだけではなく、植物の繁殖成功に影響を与え、時には雌雄差の進化を駆動する淘汰圧になり得ると考えられる。

雌雄差と生物群集

ヒサカキの研究を始めるまでは、どこにでもある変哲もない植物だと思っていたが、なかなか奥が深く興味が尽きないものだと面白くなってくる。気になる疑問の答えを探してヒサカキの研究を進めるうちに、「性的二型」と「生物群集」という二つの事象は切っても切り離せないほど密接な関係にあるのではないかと考えるようになった。近年ではヒサカキ以外にも、アカメガシワMallotus japonicas(Linnaeus f.)Müller-Argoviensisを始めとする多様な分類群の植物を材料に、植物の性別が異なれば、植物体上の微生物や昆虫の群集が異なる例が示されてきている(Petry et al. 2013; Varga et al. 2017; Wei and Ashman 2018; Marre et al. 2023)。他にも、表1に示す捕食性のカダヤシ属では、体サイズが大きい雌個体は、体サイズが小さい雄個体に比べ大型の餌生物を好んで食べるなどの違いがあり、カダヤシの性比の変化に伴い餌となる節足動物群集にも変化が生じることが報告されている(Fryxell et al. 2015)。このような捕食者の雌雄差と餌群集については実証研究だけではなく、理論研究も始まってきている(De Lisle et al. 2022)。

表1. 性差と群集に関する実証例

性差のある生物性差のある生物と関わりをもつ生物群集引用文献
植物微生物Ågren et al. 1999, Golonka and Vilgalys 2013, Varga et al. 2017, Tsuji and Fukami 2018, Wei and Ashman 2018, Marre et al. 2023
哺乳類微生物Fierer et al. 2008, Markle et al. 2013, Cong et al. 2016, Sylvia et al. 2017, Suzuki et al. 2017
植物昆虫Varga and Kytöviita 2010, Petry et al. 2013, Tsuji and Sota 2013, Tsuji and Ohgushi 2018
昆虫訪花植物Kishi 2022
魚類節足動物Fryxell et al. 2015

ヒサカキの例や表1に示す雌雄差と群集の関係は、雌雄差を持つ生物種と、群集として扱う生物種は分類群やギルドが大きく異なり、ほとんど研究されていない。では、雌雄差を持つ種と、関わりのある群集が同じ分類群である場合の研究はあるのだろうか。群集内の種多様性に着目すると、少ないながらも理論研究や実証研究が行われていた。そこで、まずはこれらの研究をもとに、雌雄差と群集の構成員となる種の多様性の関係について考えてみた(Tsuji and Fukami 2020)。

先行研究で対象とされているのは主に動物で、昆虫、魚類、爬虫類、鳥類、ほ乳類と多岐にわたる分類群であった。個々の分類群に着目すると、雌雄差の程度と種多様性に正の相関がある場合もあれば、負の相関もある。そのため、メタ解析などでは決まった傾向が検出できていないように思われた。そこで、先行研究を整理してみると、雌雄差と種多様性を関係づける要因は複数あり、かつ双方向に影響を与え合っていることが分かってきた(図3)。例えば、雌雄差の進化を駆動するような性選択や性的対立が種分化をも促進する場合には、雌雄差の大きい分類群ほど種多様性も高くなると予想される。また逆に、雌雄差の大きい分類群ほど種多様性が低くなる状況もある。もし資源をめぐる競争があり雌雄で餌を違える進化が生じているなら、一種で二つの異なる餌ニッチを占有するため潜在的に利用可能なニッチの数が減り、新たなニッチの獲得に伴う種分化を抑制することになる。他にも多数の関連性が考えられ、それらについてはTsuji and Fukami(2020)の総説で具体例と共に紹介している。

図3. 雌雄差と種多様性の繋がり

赤の実線矢印は正の効果を、青の点線矢印は負の効果を示す。

このような雌雄差と種多様性を関連づける選択圧には、例えば餌資源のように場所ごとに変化するようなものも多い。そのため雌雄差と種多様性の関係は常に一定のものではなく、環境依存的にその関係が変化すると考えられる(Tsuji and Fukami 2020)。つまり、雌雄差と種多様性には関係がないのではなく、互いに密接にかかわっていながらも、環境依存的に関係が変化するために、メタ解析などではその関係を検出しづらいのではないだろうか。

雌雄差と群集や種多様性が複数の要因で関わりあい、環境と共に関係性が変化しうる状況は、ヒサカキの例のように、雌雄差を持つ生物種と、群集として扱う生物種の分類群やギルドが異なる場合にも当てはまるだろう。環境が大きく変わりつつあり、生物多様性の減衰が危惧される昨今、雌雄差と群集における関係性が、環境の変動と共にどのように変わっていくのかを調べることは重要な課題の一つではないだろうか。

まとめに

分類群にかかわらず、雌雄差と群集を結びつける関係は環境とともに変化することが予想される。これまで注目されて来なかったが、「性的二型」と「生物群集」のつながりは身近なところで広く見られる現象であり、今後、環境変動との関連についても研究が進むことで、その実態が明らかになっていくと期待している。

謝辞

これまでの研究において、指導・支援してくださった京都大学理学研究科、人間・環境学研究科、生態学研究センターの皆さま、スタンフォード大学生物科学科の皆さま、お世話になった地域の皆さまに深く感謝したい。本稿で紹介した著者の研究の一部は、日本学術振興会研究奨励費(DC1・PD)、学術研究助成基金助成金(若手研究B・若手研究・基盤B)、京都大学教育研究振興財団 在外研究助成、JST創発的研究支援事業からの研究助成金を受けて行った。

引用文献
 
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