人間環境学研究
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論文
嗅周皮質に限局された脳硬塞後の対連合記憶学習障害
松井 三枝
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2004 年 2 巻 1 号 p. 1_1-1_8

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抄録

従来、健忘症患者の報告から、海馬体が記憶機能に重要な役割を果たすとされてきた。さらに、人間以外の霊長類やラットによる多くの実験研究から、海馬体のみならず、その周辺の皮質構造も記憶機能に関与してきていることが指摘されてきた。すなわち、記憶障害の原因として海馬体だけでなく、嗅周皮質、内嗅皮質および海馬傍回等の役割も重視されてきた。本研究では、嗅周皮質に限局された脳硬塞のある患者に、種々の神経心理学的精査を行ない、その病変がもたらした神経心理学的機能障害を検討し、嗅周皮質の役割について考察することを目的とした。当該患者が臨床的に安定した病態を示してから、脳磁気共鳴画像により、病巣の同定を行なったころ、左の嗅周皮質に病巣が認められた。標準化された神経心理学的検査を行なったところ、簡易精神機能スケール(MMSE)では問題を認めず、知能(WAIS-R)は平均水準であった。失語、失行、失認に関する検討でも問題は認められなかった。ウエクスラー記憶尺度(WMS-R)では、全体としての記憶指数は平均的であった。しかし、その下位検査のプロセス分析を行なったところ、有関連単語ではなく、無関連単語の対連合記憶学習のみ、困難であることが示された。さらに、さまざまな対連合記憶学習課題(図形と図形の対、色と色の対、図形と色の対、単語と色の対、単語と単語の対)を施行して、精査を行なったところ、言語性および非言語性課題においてともに、無関連の対連合記憶学習が困難であることが示された。また、言語課題においては、提示によるモダリテイの差異について検討したところ、聴覚的な提示と視覚的な提示で異ならず、いずれも、無関連の対連合記憶学習のみが困難であることが示された。これらの結果から、本症例は選択的に無関連対連合記憶学習の障害をきたしていることが明らかとなった。このことは、嗅周皮質が、新しい刺激と刺激との関連の記憶の形成に関わることを示唆している。嗅周皮質はモダリテイにかかわらず、記憶過程で、新しい連合形成と検索に重要な役割を果たしているのかもしれない。

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© 2004 人間環境学研究会

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