史学雑誌
Online ISSN : 2424-2616
Print ISSN : 0018-2478
ISSN-L : 0018-2478
前五世紀アテナイの艦隊乗組員
IG.I³ 1032(Athenian Naval Catalogue)の分析を中心に
岡田 泰介
著者情報
ジャーナル フリー

2015 年 124 巻 12 号 p. 1-36

詳細
抄録

I G . I 31 0 3 2、いわゆる A t h e n i a n N a v a l C a t a l o g u e は、古典期アテナイの軍船乗組員の構成を詳細かつ具体的に伝える、現在のところほぼ唯一の史料である。この碑文は、乗組員中に奴隷(t h e r a p o n t e s)が高い比率を占めていることなど、前五世紀アテナイ社会の理解に深くかかわる可能性のある注目すべき情報を含んでいるが、保存状態が悪いうえ、比較すべき類例がほとんどないため、歴史的文脈への位置づけがむずかしい。そこで、現時点でもっとも信頼性が高いと思われる断片配置とテクスト復元にもとづいてこの碑文をあらためて吟味し、そこから知り得ることを確認するとともに、その歴史的意義をあきらかにすることが、本稿の目的である。
まず、年代としては、碑文に内在する手がかりからは、前五世紀末、おそらく前四一二年以前という推定が可能だが、外部史料との照合によっても、それ以上の絞り込み、特定の歴史的 事件との関係づけはむずしいことを確認した。つ ぎに、この碑文から読みとれるアテナイ海軍の状態を一般化できるか否かを、多数の奴隷乗組員の存 在、海兵(e p i b a t a i )の社会的地位、乗組員の徴募方法という三つの指標にそくして考察した。その結果、奴隷と海兵の様態、乗組員の徴募方法のいずれにも、なんらかの特殊な事態を示唆する要素はみられないことがあきらかになった。以上から、この碑文は、例外的な状況ではなく、むしろ、ペロポンネソス戦争期アテナイ海軍の常態を反映した史料と評価することができるとの結論が導かれた 。

著者関連情報
© 2015 公益財団法人 史学会
前の記事 次の記事
feedback
Top