史学雑誌
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昭和恐慌後における社会大衆党の経済政策
「大衆インフレ」論と「広義国防」論の交錯を中心に
渡部 亮
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2022 年 131 巻 2 号 p. 39-63

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抄録

一九三四年一〇月に陸軍省新聞班が発行した『国防の本義と其強化の提唱』をめぐる一連の騒動(陸軍パンフレット問題)は、従来、陸軍による政治介入と評価されてきた。また、これに熱烈な賛辞を送った社会大衆党幹部の麻生久の動向については、そのような評価と連動して、親軍化路線ありきのパフォーマンス的な礼賛と見なされがちであった。
これに対して本稿では、社会大衆党独自の経済政策論である「大衆インフレ」論の形成・展開過程に注目し、陸軍の「広義国防」論がその文脈にどのように定位されたのかを問うことで、麻生の言動がいかなる構造的背景に裏打ちされていたのかを分析した。その結果、①「大衆インフレ」論は党幹部が立案したものだったが、地域主導型の恐慌克服(「自力更生」)を望む地方党員にとっても魅力的なものであり、一九三三年末の第二回党大会を経て統一的な党是になっていたこと、②陸軍将・佐官クラスが労働者・農民の動員に一九三四年初頭段階で関心を持っていたことを前提に、党幹部は水面下で陸軍統制派と接触し、「広義国防」論の形成にも関与したこと、③陸軍パンフレットの発行は上記①②の動きをエンカウントさせるものであり、これに対する麻生の激賞は党幹部の専行ではなく「大衆インフレ」論に根ざした挙党的な態度であったこと、などが明らかになった。これらの新事実は、社会大衆党が、麻生らのリーダーシップを前提にしつつも、統一無産政党として一定の凝集性を有していたことを示唆する。
このような社会大衆党の凝集性は、より巨視的に見れば、昭和恐慌後における地域社会の大衆化状況に支えられていた。社会大衆党の陸軍パンフレット支持は、労働者・農民の経済的要求を名望家秩序→議会→内閣というチャネルによらずに代弁するための一つの選択肢でもあったといえよう。

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