1995 年 58 巻 4 号 p. g13-g14
最初の哺乳類は敵を避けるために地中性, 水中性, 走行性, 樹上性の4つの異なる方向に適応放散していった. そのうちコウモリは真の飛行型に至った動物である. 歯の場合にはこれらの生活適応とともに二次的に食性に適応したものである. 翼手類(目)は大翼手類(面目) 1科と小翼手類(亜目)17科に分類されるが, 大翼手類の食物は果実, 花, 花粉, 花蜜などの乾性物を食するため, 臼歯の形態は食虫性のコウモリとはずいぶん異なっている. これら翼手類における歯の形態についての報告は散見されるが, その組織構造については詳細な報告はほとんどみられない. 本研究は, 翼手目のなかでとくにオオコウモリ科について, その歯の微細構造の解明を目的として行った. 実験材料および方法 材料は, タイ国 LoP Buri地方で採取されたインドオオコウモリ(Pteropus giganteus), コイヌガオフルーツコウモリ(Cynopterus brachyotis)およびデマレルーセットオオコウモリ(Rousettus leschenaulti)の3種で, 各材料は安楽死後, 70%アルコールで固定し, 歯を含んだ顎骨ごと摘出した. 光顕的な観察には研磨標本を作製して観察, 撮影を行った. 電顕的には通法に従って試料を作製し, 走査型電子顕微鏡を用いて観察, 撮影を行った. 結果および結論 1.エナメル質 歯冠部の表面は全体に歯小皮に被われているが, エナメル質は非常に薄く, インドオオコウモリでは160〜170μm, 他2種では80〜90μmで, 各エナメル小柱は並走しているため, シュレーゲル条はみられなかった. 小柱の直径は3.5〜5μmで, 深層から表層までほとんど同じ太さで, それぞれに横紋がみられ, 歯頸部付近から隣接面にかけてのエナメル質には明瞭なレチウス条が認められた. エナメル小柱の横断形態はコイヌガオフルーツコウモリでは完全に周囲が小柱間質にかこまれた不正な円形を呈し, デマレルーセットオオコウモリでは小柱の一側が小柱鞘を欠き小柱間質と連続し, インドオオコウモリでは表層に面した側では凸弧を描き, 象牙質に面した側ではこの一部が欠如して次の小柱の凸弧が介入するため, アーケード状を呈していた. さらにコイヌガオフルーツコウモリでは歯小皮と連続しているエナメル葉が認められた. エナメル象牙境は各種ともに円弧の連続による波状形態を呈していた. 2.象牙質 象牙質は細管構造を有し, 全体的にほぼ均一な石灰化状態であったが, インドオオコウモリにのみ髄室天蓋部付近において成長線に沿って存在する球間象牙質が認められた. 象牙細管は細く, 1μm前後で深層から表層までその太さは変わらない. 象牙細管は走行途中に側枝を派生せず, 終末部において側枝の派生が認められたが, 終枝のエナメル質への侵入は認められなかった. 象牙細管の横断所見ではインドオオコウモリおよびデマレルーセットオオコウモリに管周象牙質が認められたが, コイヌガオフルーツコウモリでは認められなかった. 3.セメント質 セメント質はほとんどが非常に薄い無細胞セメント質で, その厚さはデマレルーセットオオコウモリおよびコイヌガオフルーツコウモリでは10〜15μmで, インドオオコウモリでは20〜30μmであった. しかし, インドオオコウモリでは根尖1/3においてセメント質が認められ, その最も厚い部分では約1OOμmであった. 以上の結果から, 今回検索した食果性のオオコウモリにおいては, 歯には強い咬合力に対する抵抗形態や構造の強化機構は認められなかった. これはおそらく食性に関係するものであると考える. また, それぞれのエナメル質やセメント質にみられた組織学的な相違は, 歯の大きさ, 習性あるいは生活様式および進化の過程の相違などによって生じたものであると考える. つまり, 歯の組織構造は食性のみでなく, 他の多くの要素をも反映するものであると思われる.