抄録
本論文は,中小・中堅企業に対して行われている信用格付について,格付取得公表企業に対して行った2014年に行ったアンケート調査をもとに,中小・中堅企業の資金調達環境の現在までの変化を分析し,中小・中堅企業格付の現状について考察するものである。
中小企業は日本経済や雇用を広く支える存在であり,また地域活性化や経済の新たな担い手となるビジネスの創出など,求められる役割が多様化している。これら中小企業が事業を継続する上で,安定的な資金調達は重要な課題であり,中小企業の資金調達の安定化と多様化に向けた様々な試みが行われている。
こうした状況の中,現在わが国では,Standard and Poor’s Global Market Intelligence,格付投資情報センター,日本格付研究所の3社が,非上場の中小・中堅企業に対する信用格付を行っている。従来の信用格付は企業が債務を返済する確実性の度合い,すなわちデフォルトリスクに対する評価を表したものであり,債券の公募発行により資金調達を行う上場企業に主に利用されてきた。しかし中小・中堅企業のファイナンスにおいて,外部からの資金調達は借入金に大きく依存している状況にある。社債の利用は限定的であり,資金調達の多様化は進んでいない。こうした状況においては,中小・中堅企業格付は,従来の信用格付とは異なる性質と効果を持つと考えられる。
アンケート調査は主に,格付を取得し公表したことによる,経営,営業,取引条件,人材獲得,従業員,資金調達への効果について質問した。その結果,格付を経営目標とし,取引における信頼性の向上などの効果が見られるほか,借入金利の低下や融資条件の軽減・解除など,特に金融機関からの借入れへの効果が明らかとなった。
そこで現在の状況を確認すると,中小・中堅企業格付を取得公表する企業数は全体的に減少している。この変化の理由を考察するため,中小・中堅企業の資金調達環境を分析した。2014年度と2022年度の借入れおよび社債の残高を比較すると,中小・中堅企業の主な資金調達は現在も金融機関からの借入れである。また金融機関の貸出は良好な状態で推移しており,貸出金利は継続的に低下していることから,中小・中堅企業の資金繰りは継続的に改善していることが明らかとなった。
こうした背景から,中小・中堅企業格付の取得公表企業数が全体的に減少している現状について,中小・中堅企業の主たる資金調達方法である借入れが潤沢に利用できる状況においては,企業が格付を取得し公表するインセンティブが低下したものと推察することができる。また中小・中堅企業の社債利用に大きな変化は見られず,資金調達の多様化は大きく進んでいないことが明らかとなった。