抄録
 われわれは虚血性心疾患と鑑別を要する心電図変化を認め, 精査にて特徴的な心電図の観察を行い, 心筋虚血を否定し得た症例を経験したので報告する. 症例は35歳男性. 2011年春の健康診断で前胸部誘導V1~3の陰性T波を指摘され, 心筋虚血の疑いで当院を受診した. 胸痛はなく, リスクファクターは喫煙のみであった. 2カ月後の外来で心電図はほぼ正常化していたが, 短期間で変化を生じているため, 心臓カテーテル検査を施行した. 冠動脈に有意狭窄は認めなかったが, 検査中に一過性左脚ブロックを認め, その後V1~3の陰性T波を認めることを繰り返し起こした. その際に胸痛は認めず, 冠動脈に狭窄もみられなかった. ホルター心電図では, RR間隔の平均値をとると, 左脚ブロック出現時ではおよそ913msec, 正常QRS波形時では1,032msecと, RR間隔に差が認められた. 心拍数の上昇に伴い, 左脚ブロックが出現することが確認された. このような現象は心拍数依存性脚ブロックとして知られている. また, 心内電極を用いたペースメーカ挿入後や一過性左脚ブロック後などに自己心拍のT波に異常をきたすことが知られておりcardiac memoryと呼ばれているが, 本症例の心電図変化は心拍数依存性左脚ブロック後のcardiac memoryによるものと診断した. 一見して虚血性心疾患と鑑別が難しい心電図変化を呈しても, 中には病的意義がないものもある. 両者の鑑別の方法はまだ不十分であるため, 状況に応じて精査を行う必要があると考えられた.