抄録
真核細胞の転写調節反応を考える時には,遺伝子が作る高次構造を考慮する必要がある.酸性物質である遺伝子DNAはヒストンと呼ばれる塩基性蛋白質と相互作用してヌクレオソーム構造を形成し,さらに様々な未知因子群と相互作用してクロマチン構造をとり,最終的な高次複合体である染色体となる.したがって,細胞内に存在する遺伝子は,DNAに働きかける因子が近づきにくい構造の中に保護されていることになり,その構造体の中から,転写因子がDNA上の結合領域をどのように見出し,どのようにonの状態にするかは,生物学はもとより医学,生命工学などの分野において追究すべき避けがたい研究課題となっている.
細胞の中で古くからその存在が知られている染色体は,現在でもその内部や周辺に含まれる成分や,それらが引き起こしている反応系が不明なことの最も多い構造体である.著者は米国から帰国して以来約6年間,未知研究領域である染色体からの転写調節反応における問題解明のために独自の戦略をとり,クロマチン構造変換関連因子群を100種以上単離し,様々なシステムの中でのそれら因子群の反応を解析しているが,その内容は未発表分を含め質,量ともに世界的にみても圧倒的である.
本報告では,著者の思考実験による仮説概念に基づいた研究戦略および研究成果の一部を紹介し,概念確立後,各論的な個別の生命現象の解析を包括的な機構論へ導く研究の将来について議論を行う.