小児耳鼻咽喉科
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ランチョンセミナー3
身近にひそむ!こどもの嗅覚障害
森 恵莉
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2025 年 46 巻 1 号 p. 25-29

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Abstract

耳鼻咽喉科医ですら,嗅覚障害患児を診察する機会は少ない.しかし,それは患者数が少ないためなのか,受診機会が少ないためなのかは不明である.自覚していても訴えない,保護者が気づかない,あるいは深刻に捉えられずに放置されていたりする可能性もある.加えて医療機関においても,嗅覚の評価方法や診断・治療法は主に成人を対象として確立されているため,小児に特化した診療体制が整備されていない現状がある.さらに健診では嗅覚に関する問診項目が設けられておらず,小児の嗅覚機能や嗅覚障害の実態が十分に把握されていない.この為,嗅覚障害を抱えたまま適切な診断や治療の機会を得られない小児が少なくないと考えられる.

本総説では,小児の嗅覚障害の実態と,耳鼻咽喉科領域で身近な疾患とを紹介する.また,頻度は多くないものの,見逃されやすい嗅裂狭窄についても紹介し,小児の嗅覚障害が「隠れた問題」として存在しうることを指摘する.

1.課題の多い診療実状

小児の嗅覚障害の診察をするには,大きく分けて3つの越えねばならない課題がある.

本人:自覚しているか,困っているか,誰かに相談するか,隠すのか.

保護者:気づくのか,相談されたら重要視するのか,医療機関を受診するのか,どこまで追求するのか.

医療機関:小児の嗅覚障害に対する評価,診断や治療法が確立されていない.

まず,第一関門である本人がアクションを起こさない限り,他の感覚器と異なり問題が表面化しにくい.そして他の感覚器(視覚・聴覚など)と比較しても,嗅覚は日常生活で不便を感じにくいこともあり,例え保護者に相談しても,重要視されずに放置されていることも少なくない.また嗅覚異常が原因で専門外来を受診する年齢は,会話が成立する就学時以降が多く,未就学児での受診は稀である.当院嗅覚外来における20歳未満の受診児の年齢を見ると,10歳以降に著明に増加する(図1).その内訳を見ると成人とは異なり,近年ではSars-Cov-2感染後の嗅覚障害も含めて感冒後が多くを占めている(図2).二次性徴の遅延があって初めて判明することや,親には相談せず成人してから「実は幼少期から嗅覚が悪かった」と来院されるケースも一定数存在する.

図1  当院嗅覚専門外来を受診した20歳未満の患者の年齢分布
図2  当院嗅覚専門外来を受診した20歳未満の患者の疾患内訳

当院ではコロナ前の小児の受診割合は,嗅覚障害を主訴に来院される患者のうち1%未満であったが1),コロナ禍を経て受診率は5%を超えてきている(図3).中でも注目に値するのは,嗅裂狭窄に伴う嗅覚障害が疑われる例であり2),これにSars-Cov-2感染が併発し,嗅覚障害が遷延化している例もしばしば経験する.未発見の先天性疾患が偶発的に発見されることもある3).どれくらいの患者が存在しているか疫学的調査はなされていない上,健診では嗅覚に関する問診すらないため,異常に気付く機会がない.例え本人が気付いたとしても医療機関にたどり着くとは限らず,抽出できていない現状があると言える.

図3  コロナ前後の小児嗅覚障害患者数(%)の推移と年毎の嗅覚専門外来初診患者総数

そして医療機関を受診したとしても,評価方法や診断治療が確立されているのは,前提として成人を対象としている.聴覚領域と比較すると圧倒的に情報が不足しており,指針が存在しない.難聴児と同レベルで嗅覚障害の患児への対応ができるほどの体制はない.そのため,医療機関でも見過ごされることや重要視されないことも多い.

そして,上記のような背景から,全ての患児が専門外来を受診するわけではなく,問題が浮き彫りにならない.これらの多くの課題の中で小児の嗅覚診療を行わざるをえない実状である.

2.小児の嗅覚発達とその重要性

新生児時期は,他の感覚器が未発達である分,嗅覚が特に重要な役割を果たし,その感度も高い.しかし,視覚や聴覚が発達するにつれて,嗅覚の重要性や感度は次第に低下していく4).一方で,嗅覚の同定能力は年齢とともに発達し,経験の積み重ねによって向上する5,6).においを表す言葉やにおいを識別する能力は,幼少期の環境や生活におけるにおいの曝露によって大きく左右される6,7).特に,親がにおいに関心を持ち8),家庭内でにおいに関する会話が多いほど,嗅覚同定能の向上に寄与すると報告されている7)

嗅覚を失うことで,単に心地よい香りを楽しめないだけでなく,食欲低下,ガス漏れや火災の察知不能,腐敗食品の回避困難といった危険察知能力の低下を招く.さらに,風味を通じて食の好みに影響を及ぼし,海馬や扁桃体を介して記憶や感情にも関与することが示唆されている9).また嗅覚異常による社会的影響として,周囲とにおいについての会話ができないことへの不安や孤立感から抑うつ傾向を示す可能性も指摘されている10,11)

さらに,嗅覚は人生の選択にも影響を及ぼす可能性がある.例えば,女性はパートナー選びにおいて嗅覚を重視する傾向があり,男性では嗅覚がパートナーの数に影響を与えるとの研究報告がある12).これらのことから,嗅覚障害が職業選択や社会的な関係性に影響を及ぼす可能性も考えられる.

小児期における嗅覚は,飲食の嗜好形成,記憶や感情などの高次脳機能の発達発育,危機管理能力の向上において重要な役割を担っている.

小児にとって嗅覚を欠くことは栄養や身体発育への影響,危険な事象への遭遇,社会生活における制限などのリスクにさらされ,得られるべき様々な出会いや感動の機会を失い,職業やパートナー選択など,未来を大きく変えうると言える.したがって,小児において嗅覚障害を放置せず,早期発見と適切な介入を目指すことは,成長や発達のみならず,安全で選択肢のより多い未来のためには,重要なのである.

3.身近な疾患に潜む小児の嗅覚障害

耳鼻咽喉科医がよく遭遇するアレルギー性鼻炎や13)アデノイド増殖症においても14),いびきや鼻閉症状のみならず,嗅覚障害を伴うことが知られている.

本邦のアレルギー性鼻炎患児を対象とした調査では,鼻内所見と嗅覚同定能には相関があり,特に中等度から重度の患児ではカード式嗅覚同定能検査において有意な低下が認められた15).また「木材」「家庭用ガス」「古靴下」の正答率が低く,嗅覚障害が危険回避能力にも影響を及ぼす可能性が指摘されている.

同様に,アデノイド増殖症の患児においても嗅覚同定能の低下が報告されており,アデノイド切除術後には健常児と同程度の嗅覚機能へ回復することが示されている16).これは,アデノイド切除術が睡眠呼吸障害や鼻閉だけでなく,嗅覚機能の回復にも寄与していることを示唆するものである.さらに,術前に「無臭」と答えた患児がいなかったことから,嗅覚低下の原因が単なる気導性嗅覚障害だけでなく,においと名称の不一致である可能性も考えられる.

興味深いことに,日本の患児を対象としたこれらの2つの研究を統合すると,アレルギー性鼻炎およびアデノイド増殖症の両疾患において,「家庭用ガス」の嗅覚同定能が健常児と比較して有意に低かった.一方で,どちらの疾患においても,「カレー」の正答率は健常児と同程度であり,ほぼ100%の正答率を示した.このことから,鼻呼吸障害を有する小児では,「カレー」のにおいは正しく認識できるものの,「家庭用ガス」のにおいは正しく認識できないという現象が存在する可能性がある.

このような選択的嗅覚障害は,周囲の大人が気づくことが困難であるため,診断や治療の遅れにつながる.

また,嗅覚は風味にも大きく影響を及ぼす.特に,アデノイド増殖症患児では,食欲不振や成長障害が見られることがあり,睡眠呼吸障害がその要因の一つとされている.しかし,手術治療の介入によって風味の認識が改善されることで,においを正しく識別する機会が増え,結果的に食欲の増進や成長促進につながる可能性がある.このことからも,以上の鼻呼吸障害をきたす疾患の治療を行うメリットの一つとして期待できる.

4.嗅裂の形態異常に伴う嗅裂炎

小児の嗅裂の観察や診断は,解剖学的に狭小であることや,被曝のリスクを考慮した副鼻腔CT撮影の制限により,困難な場合が多い.そのため,嗅覚障害を主訴に受診する小児に対し,鼻副鼻腔疾患の鑑別を行う際の検査が十分に実施されず,結果として,嗅裂狭窄2)や嗅裂炎17)の診断が見逃されることが少なくない.嗅裂が高度に閉塞するような解剖学的異常や,同部位での炎症は,嗅覚障害をきたす.

高橋らは,64体のcadaverを用いて嗅裂の形態を詳細に解析し,成人では51.2%に嗅裂の甲介と鼻中隔の接触があり,31.7%で癒着を認めたと報告している.一方で,13歳未満の小児では21.7%に接触を認めていたものの,癒着は認められなかった(表118).高橋らは,この癒着を生じうる病態を「嗅裂炎」として提唱した19,20).また北嶋は,先天性嗅裂形態異常の存在も指摘し,さらに篩骨蜂巣発育過剰による後天性嗅裂形態異常に炎症が加わることが「嗅裂炎」の成因となると考察している21).これらの知見を踏まえ,柳らの報告2)と合わせて導き出される,小児期特有の嗅覚障害を来たしうる病態の仮説として,以下の3点が考えられる.

表1 嗅裂の接触と癒着,小児と成人の差異(高橋らの論文より)

接触 %,n 癒着 %,n N
成人>16歳 51.2%,21 31.7%,13 41
小児<13歳 21.7%,5 0 23

1.先天性嗅裂形態異常

2.後天性嗅裂形態異常

3.上記いずれかに炎症が加わる,あるいはその創傷治癒の過程で癒着が生じ,嗅裂の閉塞を助長

これらの病態により,嗅覚障害を呈している未診断の患者が相当数存在している可能性が示唆される.幼少期からの嗅覚障害をきたしていることから,先天性嗅覚障害と一括りにされている可能性もある.本邦において「嗅裂炎」として原著論文として発表されているのは,2005年に牧野らが報告したもののみである17).国外においては「嗅裂炎」に近い疾患として「Olfactory cleft disease」として紹介されている2224).嗅裂狭窄は,長期間の閉塞によって気導性嗅覚障害だけではなく,神経性嗅覚障害を合併する可能性も示唆される.また,小児特有の嗅覚障害の原因疾患として考えられ,形態異常を改善することで嗅覚機能の回復が期待できる可能性がある.したがって,本病態の診断・治療法の確立は,今後の重要な課題の一つとなると考える.

5.新型コロナウイルス感染症の影響と課題

新型コロナウイルス感染症の拡大により,嗅覚障害が広く認知されるようになり,小児の嗅覚障害患者も顕在化するようになった.これに伴い,小児嗅覚障害の陰に潜む問題点や,臨床上解決すべき課題が徐々に明らかになりつつある.

しかし,現時点では乳幼児検診や就学時健診,学校健診などにおいて嗅覚に関する評価が含まれておらず,異常を早期に発見する機会が極めて限られている.そのため,嗅覚障害を持つ小児は成人するまでその異常に気づかず,適切な診断や治療を受ける機会を逸してしまう可能性がある.このような実態を把握し,医療者が適切に介入することの重要性は計り知れない.

また,新型コロナウイルス感染症後の嗅覚障害は,特に異嗅症の形で現れることがあり,これが食欲低下を引き起こし,栄養状態や健康に深刻な影響を及ぼしている.現時点では,確立された治療法がないものの,先に述べた嗅裂形態異常に伴う長期化した症例においては,形態是正手術による改善の可能性は期待できる.本病態の診断や治療戦略については今後も議論が必要であるが,未診断・未治療の嗅覚障害患児が水面下に存在していることを認識し,適切な診断と治療に繋げる体制の整備が不可欠である.

6.小児嗅覚障害診療の発展に向けて

小児嗅覚障害の実態を明らかにし,未診断・未治療の患児を減らすことが今後の重要な課題である.これにより,より多くの子供たちの未来の選択肢を広げることが可能となる.今後の課題として,以下の点が挙げられる.

・治療可能な嗅覚障害の治療機会を逸しないこと

・小児嗅覚障害を放置せず,安易に捉えないための啓蒙活動の推進

・多角的な小児嗅覚評価法の確立

・嗅覚異常の早期発見(スクリーニング検査の導入など)

・小児嗅覚領域における横断的研究チームの必要性(小児科医や臨床心理士,学校との連携)

・嗅覚障害児やその家族が必要とする支援の整備と体制構築

小児の嗅覚診療は,まだ発展途上の分野である.しかし,早期発見と適切な治療が行われることで,嗅覚障害を持つ子供たちの生活の質を向上させ,将来の可能性を広げることができる.医療者,教育者,保護者が一体となり,小児嗅覚障害に対する関心を高め,診療体制を整えることが,より健やかな社会の実現につながるであろう.

利益相反に該当する事項:なし

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