言語発達は聴覚障害,知的発達症,神経発達症や言語発達症などにより遅れることが知られている.これらとは異なり,近年では早期英語保育の風潮や在留外国人の増加などの社会変化に伴い,多言語環境下で乳幼児期を過ごして母語の習得が不十分となり言語発達が遅れた症例が散見されるようになった.社会構造の変化から,今後このような症例が増加すると考えられる.耳鼻咽喉科医師は健診などを通して言語異常を検出する機会を有している.言語異常の一つとして環境性の言語発達遅滞を疑う症例への生育歴の問診と適切な評価や療育の必要性への注意喚起を目的とし,症例を提示する.症例1は日本人の両親と共に1歳より4年間米国で滞在し,帰国.就学前に日本語の単語の意味理解が不十分で,統語困難を伴う言語発達遅滞を認めた5歳児の症例.症例2は共働きの日本人父親とフィリピン出身の母親と暮らす,母語習得が遅れ初発語のない2歳10か月の幼児の症例.
It is well known that language development can be delayed due to hearing impairment, intellectual developmental disorder, neurodevelopmental disorders, and developmental language disorder. In contrast, with recent social changes, such as the growing trend of early English-language childcare and an increase in foreign parents living in Japan, cases of language development delays due to insufficient acquisition of the native language in multilingual environments during early childhood have been observed. Due to these changes in social structure, it is expected that such cases will increase in the future. Otolaryngologists have the opportunity to detect language abnormalities through health checkups and other screenings. The purpose of presenting our case reports is to raise awareness of assessing upbringing history and conducting appropriate evaluations of the cases suspected of language development delays. Case 1 is a 5-year-old child who had lived in the United States with Japanese parents for 4 years from the age of 1 and returned to Japan. Before entering primary school, he had insufficient understanding of Japanese words and language development delay with syntactic difficulties. Case 2 is a 2-year-10-month-old child who lived with a working Japanese father and a working Filipino mother. She has no first words due to delayed acquisition of the native language.
耳鼻咽喉科医師は従来より音声言語医学に深く関わっており,言語発達遅滞などの言語異常を健診等を通じて検出する機会を有している.2016年に日本耳鼻咽喉科学会が作成した「耳鼻咽喉科健康診断マニュアル」では言語発達遅滞を含む「言語異常」を検出することが定められている1).しかし,今日の耳鼻咽喉科専門医教育の中では言語病理学を系統立てて学ぶ機会が限られているため,たとえ耳鼻咽喉科専門医であったとしても言語発達遅滞などの言語異常に関して正しい診断や適切な治療を行うことは容易ではない.
言語発達が遅れる要因としては,聴覚障害,知的発達症,自閉スペクトラム症などの神経発達症や言語発達症など先天的なものが大半を占める.一方で,養育者の死亡や長期入院など不適切な言語環境により後天的に言語発達が遅れる場合があることが従来より知られている2,3).これらとは異なり近年では,早期英語保育の風潮や在留外国人の増加に伴う国際結婚家庭の増加による多言語環境,また長時間のメディア視聴や虐待など人との適切なかかわり体験が不足するような環境で育ち,後天的に言語発達が遅れたと考えられる例が報告されるようになっている4,5).社会構造の変化に伴い,後天的に言語発達が遅れる小児が今後増加することが予測されるため,多言語環境下で言語発達遅滞を引き起こしたと考えられる二例の児について症例を提示検討する.
5歳8か月の男児.「サ行の発音が悪い」との訴えで就学の前年に当科を受診した.本児に初発語の遅れの既往はなく,両親は日本人だった.本児は父親の海外勤務に同行し,1歳9ヶ月から5歳まで米国での滞在歴があった.米国滞在中は英語環境の現地保育園に通いながら,週1回日本語学校を利用し,家庭では日本語で会話をしていた.両親は本児がバイリンガルになることを期待し,帰国後も英語保育を利用していた.
初診時に言語聴覚士(ST)が初期評価を実施した.聴力は遊戯聴力検査にて正常で,主訴とは異なり構音に異常を認めなかった.絵図版をみせ,「くだものはどれ?」と尋ねると答えられなかったが,「フルーツはどれ?」と尋ねると正答した.また目的語と述語の語順を誤る,助詞が理解できない等の統語困難を認めた.これらから本児の語彙力の弱さや統語能力の低さが疑われた.絵画語彙発達検査(PVT-R)ではSS7・語彙年齢が4歳8か月で,生活年齢と比べ1歳以上の遅れが認められた.再診時に実施したWPPSI-III知能検査の合成得点は全検査IQ82(平均の下),言語理解82(平均の下),知覚推理84(平均の下),処理速度119(平均の上),語彙総合101(平均)であった.以上の生育歴と所見から,多言語環境下での過度な早期英語教育を契機として言語発達が遅滞したと本児を診断した.
このため医師より保護者に対して本児の病態を説明し,幼児期は本児の母語(native language)である日本語の言語能力の習得に大事な時期であるため,外国語教育への偏重を避け,母語の習得に努めるべきと指導した.その後,本児への直接アプローチとしてSTによる言語聴覚療法を開始し,就学を機に定期的な言語聴覚療法を終了した.就学後3か月後の経過観察時に,本児は学習での言語理解に困難さを自覚していないものの,統語困難は軽度残存していた.このことから言語理解の弱さに由来する文章構築の困難さが疑われた.なお保護者の意向により英語教育の学童保育が引き続き利用されていた.
【症例2】2歳10か月の女児.1歳6ヶ月児健診後の2歳フォローアップ健診で初発語がなく言語発達の遅れを疑われ,当科を受診した.初診時に本児を連れてきた父方祖父母は「本児がまだ会話できない,発達障害ではないだろうか?」と心配していた.父親は日本人で,夜勤のある職業に就いており患児との関わりが乏しかった.母親はフィリピン出身で5年前に来日し,本児の父親と国際結婚し,本児を出産後も日中フルタイムで就業していた.母親の母語,すなわち第一言語はフィリピノ語,第二言語は英語,第三言語が日本語だった.母親は本児に英語を教えようとしてインターネット上の動画投稿サイトの英語動画を家庭で本児によく視聴させており,また本児と二人きりの時はフィリピノ語で話をしていた.両親が共働きのため,本児は日中,祖父母宅に預けられていた.祖父母は育児や通院に協力的だった.祖母は幼児教育に熟練した元幼稚園教諭だったが同居しておらず,両親による家庭での育児の様子をよく把握していなかった.
初診時,STが初期評価を実施した.聴力は条件詮索反応聴力検査(COR)にて異常なく,積み木課題や描線課題などで認知機能に明らかな遅れを認めなかった.一方で「ことばのテスト絵本」を用いた言語機能評価では有意味語の発語がなく,言語発達は1歳6ヶ月未満に相当した.また家族への問診で,日本語だけでなく英語およびフィリピノ語の有意味語の初語も認めなかった.言語理解の低さから傾聴態度が身についていなかったが,共同注視は認められコミュニケーション態度は良好で,行動面に明らかな異常を認めなかった.新版K式発達検査(2001年版)の発達指数(DQ)は全領域90,姿勢・運動107,認知・適応90,言語・社会87だった.本児には初発語を遅らせる要因となる明らかな聴覚障害や知的発達症,神経発達症を認めなかった.このことから家庭でのやりとりの少なさと多言語環境が契機となり母語の選定や習得が遅れ,言語発達遅滞を引き起こしたと診断した.本児が居住する地域では外国語で教育を受けられる環境は整っておらず,家族は今後もそこで暮らす予定だった.未だ母語が定まっていない本児に対し,地域の実状や家庭環境から,まずは日本語を習得できるように支援する必要があった.
このため再診時に保護者である両親も同席させ,まず医師より本児の病態を説明した.そして父親には本児への絵本の読み聞かせや知育遊びの相手となり,家庭で本児との関わりを増やすよう指導した.また母親には母親自身の話しやすい言語で本児と関わるようにと伝えた一方で,過度な動画視聴は本児と母親とのやりとりを減らし発達の観点から好ましくないことを説明し,注意を促した.これら家族指導の後に,本児への直接アプローチとしてSTによる言語聴覚療法を開始した.家庭では父親が絵本の読み聞かせを継続し,本児は徐々に傾聴態度が身についた.3歳5か月の時点で音声模倣が出現し,続いて有意味語の発語すなわち初発語がみられ,表出語彙数が増加した.以後も言語聴覚療法を継続し,言語発達が促進された結果,4歳児の時点で言語理解および言語表出において年齢相応の日本語を習得した.その後,6歳児の時点で本児は日本語の言語発達に明らかな遅れのない状態で就学した.同時期に本児は母親の話すフィリピノ語を理解できるが表出せず,また英語は理解できない状態だった.母親はフィリピノ語と日本語を交えて本児と会話していた.
言語発達遅滞のはっきりとした定義はないが,定型発達と比べ幼児期は1歳以上,学童期では2歳以上の言語発達の遅れを認めた場合に言語発達遅滞とされることが多い6).小児の言語発達を適切に評価するためには発達年齢に合った検査を選択する必要がある.PVT-Rの適応年齢は3歳から12歳で,語彙の理解力を短時間で評価できるためスクリーニングに適している.新版K式発達検査は生後100日から成人までを適応年齢としており,姿勢-運動・認知-適応・言語-社会の領域別に発達年齢を測定し全体的な発達のバランスを評価することができる.特に2歳から4歳の幼児に対しては30分程で実施でき,発達の特徴を踏まえた指導を行う上で有用である.WPPSI-IIIは就学前の幼児を対象としたウェクスラー式知能検査で,2歳から3歳を対象とした言語理解中心の簡潔な検査と,4歳から7歳を対象とした言語発達や認知面の特徴を詳しく評価する所要時間60分を超える検査からなり,発達段階に合わせ構成されている.なお言語発達遅滞と診断する上では,まず聴覚異常の有無について評価しておく必要があり,耳鼻咽喉科医師が関わらなければならない.
症例1は日本人の両親をもつ日本語が母語の小児であった.1歳から5歳まで米国で滞在したため,両親は本児が日本語と英語の二言語話者,いわゆるバイリンガルになることを期待して現地保育園で集団生活を送った事例である.バイリンガル教育研究者である中島は『バイリンガルを育てる上で一番大事なことは母語をしっかり育てることであり,その努力はまず家庭で始めなければならない.母語は子どもの土台となる言語であり,第2,第3の言語の基礎となるものである.』『母語の基礎が完成する2歳から4,5歳の間に多言語環境により母語の正常な発達が阻まれると,言語発達全体が遅れてしまい,多言語環境の犠牲者になる可能性があり,これを幼児期のダブル・リミテッド現象と呼ぶ』と著書で述べている7).症例1は幼児期に長期間にわたり外国語環境で集団生活を過ごしたことにより,母語の正常な発達が阻まれ語彙力や文法構築において言語発達が遅れたと考えられた症例であった.同様の症例が佐藤らにより報告されている8).このことから保護者の海外赴任に母語習得時期の小児が同行する際は,日本語を母語としたいのであれば可能な限り日本人学校への通学が望ましく,現地の保育施設や学校に通う場合は集団生活における外国語の習得よりも家庭における母語の習得を優先するように保護者が心がけるべきといえる.また本邦に在住する日本人家庭においても,早期英語教育や英語保育を過度に利用し,家庭での母語を介するやりとりが少ない場合,児が言語発達遅滞となる危険性があることに留意するよう指導すべきと考えられた.また症例1はWPPSI-III知能検査で言語理解と共に知覚推理も「平均の下」であったが,母語の正常な発達が阻まれた状態では設問の意図を十分に把握することが困難となり,みかけ上の低値となった可能性を否定できない.このことから多言語環境下で言語発達遅滞を呈した小児への知能検査には限界があると認識し,問診や言語聴覚療法時の印象などから総合的に判断する必要がある.
症例2は共働きの日本人父親とフィリピン出身の母親からなる国際結婚家庭に生まれた,自身の母語となる言語がまだ選定されていない幼児であった.母語とは,「まず初めに覚えた言語,かつ最もよく使える言語」とされている7).従来,子育てをする母親が用いる言語を子供は最初に覚えるために「母語」と呼ばれるが,必ずしも母親の言語が母語になるとは限らない.母語は深い思考や表出を可能にする言語であり,自らのアイデンティティを保つためにも重要な言語である.幼児期に母語の獲得が不十分であった場合はそれが何語であれ言語発達そのものが遅れてしまい,小学校高学年以降で深い思考が困難となり学力低下に陥りやすい.本邦で日本人の保護者の家庭で育つ子供の場合,日本語が母語であり,かつ「国語」として学校教育を受ける公用語であるため,母語と公用語とを分けて意識することは通常ない.一方で本邦に在留する外国人家庭の場合,子供の母語は保護者の母語である言語のことが多く,学校教育や社会生活の場で公用語として用いられる日本語とは異なる.Cumminsは,1979年にバイリンガル教育の分野において相互依存モデルを提唱し,移民の子供が保護者の母語を自身の母語として最初に習得すれば,居住国の言語を第二言語として習得する際に好影響を及ぼすことを明らかにした9).このことから本邦においても外国人家庭の子供は,まず保護者の母語を確実に習得し言語機能が健常に発達することが,居住地の公用語である日本語を第二言語として習得するために有用であると考えられている7,10).外国人労働者の受け入れ拡大を主な目的とし,2019年4月に出入国管理及び難民認定法及び法務省設置の一部を改正する法律(改正入管法)が施行された.本邦における外国人労働者数は図1に示すように法改正を経たこの10年間で約3倍に増加し,2023年には204万人に達している11).外国人労働者数の増加は外国にルーツをもつ子供の数も増加していることを示している.文部科学省は「令和5年度日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」で,公立学校における日本語指導が必要な児童生徒数が2012年の33,184人から2023年の69,123人と約10年間で倍増しており,その8割以上が外国籍の児童生徒により占められていることを報告している12).このように増加傾向にある日本語指導が必要な児童生徒に対応するため,2019年に文部科学省は「外国人児童生徒受入れの手引 改訂版」を発行し10),「日本語教育推進法」が可決された.在留外国人の増加に伴う外国人家庭や国際結婚家庭の増加に加え,現代では核家族化や共働き世帯の増加および離婚率の増加に伴う一人親家庭の増加,またスマートフォンの普及に伴う保護者のメディア使用過多などCumminsの活躍した1980年代と比べ子供を取り巻く環境がより複雑になってきている.保護者のテレビやゲーム,インターネットなどのメディアの視聴時間の長さは乳幼児の発語や言語理解と負の相関をすることが報告されており4),本邦における小児の言語発達はこれら社会構造の変化に伴い遅くなっていると推測されている13).症例2のように国際結婚した多言語環境の共働きの核家族で,家庭での親子のやりとりが少ない場合においては,子供の母語の選定や習得が遅れ,環境性の言語発達遅滞となる可能性があることに注意を促すべきである.また家庭環境が複雑化した現代社会においては保育士やベビーシッター,母親以外の親族など複数の大人が子供にとって保護者の役割の一旦を担う大切な養育者となる7).

本邦における外国人労働者数はこの10年間で約3倍に増加し2023年には204万人に達している.
前述のCumminsは1984年にBasic Interpersonal Communicative Skills: BICS(生活言語能力)とCognitive Academic Language Proficiency: CALP(学習言語能力)という二段階の言語能力の概念を提唱した14).この概念をもとに文部科学省は生活言語能力と学習言語能力という用語を使用している10).生活言語とはコミュニケーションに用いる言語で,幼児期に日常生活の中で自然に習得される.一方,学習言語とは抽象概念を理解し深い思考をするための言語で,生活言語を基礎として学童期に教科学習等を通じて習得される(図2).この概念を本例のような多言語環境に当てはめた場合,母語習得期に生活言語能力が十分に発達せず言語発達遅滞となり,学習言語能力も身につかず学童期後半で学力低下に陥る危険性があると推測される.すなわち幼児期の小児に対しては,家庭では保護者が絵本の読み聞かせなどを元にして母語を用いた双方向のやりとりを十分に行い,また保育所や幼稚園などの集団生活では社会性をはぐくむことが生活言語能力を発達させて学習言語能力の基礎を養うこととなり,このことは将来的な第二言語の習得においても重要と考えられる.また,言語聴覚士は本例のような環境性に言語発達が遅れたと考えられる小児に対しても直接アプローチや家族指導を行うことにより児の生活言語能力の発達を促すことができる.

生活言語とはコミュニケーションに用いる言語で,幼児期に日常生活の中で自然に習得される.一方,学習言語とは抽象概念を理解し深い思考をするための言語で,生活言語を基礎として学童期に教科学習等を通じて習得される.
本邦では早期英語保育の風潮や在留外国人数の増加など生活圏での多言語化が生じている.しかし,これらへの対応が必ずしもとられていないため,環境性に言語発達遅滞を呈する小児は今後増えると予測される.耳鼻咽喉科学校健診や乳幼児健診などで言語異常を疑われ耳鼻咽喉科外来を受診した小児に対しては,まず聴覚障害を除外診断した上で,環境性の言語発達遅滞の可能性を念頭におき生育歴などを丁寧に問診し,適切な評価や介入ができる言語聴覚士が在籍する医療機関または療育機関へと繋げることが望ましい.
本論文の要旨は,第19回日本小児耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会にて発表した.症例報告にあたり保護者より同意を得ており,また徳島市民病院倫理委員会の承認を受けている(承認番号R6-14).
利益相反に該当する事項:なし