抄録
成人患者の矯正治療後, 歯牙の咬合接触に著しい不安を感じ, 日常生活に支障をきたして来院した2症例について, 咀嚼筋の筋活動量とその協調活動を調査した.いずれの症例も矯正学的には満足しうる形態が得られていたにもかかわらず, 咬合の不安を強く訴えたことから, 心因的な問題も関与していることがうかがわれた.
調査の結果, 1症例では安静位で片側の咬筋, 側頭筋後腹, 前腹がきわめて不安定で, 噛みしめ, および咀嚼時には片側にのみ著しく偏った筋活動量を示した.ほかの1症例は精神安定剤を服用中ではあったが, 咀嚼時に作業側および平衡側がほぼ同程度の筋活動量を示した.いずれの症例も咬合状態の形態的な治療と裏腹に, 咀嚼筋群の協調活動がそこなわれていた.筆者はこれまで, 不正咬合の患者が不正咬合の型に特有の筋活動の協調活動がパターンを示すことを見いだしており, そのことから2症例の成人患者では矯正治療前の咀嚼筋群の習慣的な協調パターンが温存されていたものと推測した.これが矯正治療によって得られた咬合接触に順応せず, 心因的な要素も加わって, 著しい咬合不安をきたしたのではないかと想像した.