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論文
藤本敏夫の「自給」構想にみる〈理念距離〉の意味
大石 和男
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キーワード: 自給, 理念距離, 藤本敏夫
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2017 年 62 巻 2 号 p. 21-38

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抄録

本稿が対象とするのは、近代化が人々の生活にもたらした負の側面に対して是正を企てようとする、「自給」を掲げた思想である。「自給」とは生活物資等の充足行為である自給自足を原義としつつ、そこに変革性を有したなんらかの意味拡張を施すことによって成立する思想であり、一九七〇年代の「農産物自給運動」から、近年における宇根豊の「農本主義」まで、さまざまな事例が存在している。本稿ではこの思想が、<高度な自給自足>という理念からは、事実上距離を置いた地点において実践されてきた点に着目し、両者の差異を<理念距離>と名付ける。そして、この関係性の内容を解明し、<農>的思想研究にもたらす学術的な意義について考察することを目的とする。 このような観点は、従来の「自給」研究がやや理念論に偏っていることへの批判を念頭に置いたものであり、このような欠点は国内事例の研究のみならず、M・ミースらの「サブシステンス」論にも存在する。したがって「自給」を有効な変革手段であるとアプリオリにみなすのではなく、ミクロな思考と実践によって「自給」の意義が動的に編み出されている面に目を向け、これらの理念的側面と実践的側面の関係性について解明することが重要と考えられる。 本稿では藤本敏夫(一九四四―二〇〇二)の「自給」にまつわる思想の展開過程を分析することで、彼が「自給」に内在する<理念距離>に気づき、これを肯定的な形で思想に組み込むに至った経緯の分析を試みた。その結果、この<理念距離>の発見が、多様で自立的な「自給」の展開にとって必要な要素であり、かつ、社会変革を目指す<農>的思想を分析する上で、思想の個性を捉えるための有効な視点となることを明らかにした。

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