自殺予防の包括的アプローチにおける哲学の役割について考察する。従来の哲学による自殺論や死論は、自殺の善悪についての議論が中心であり、自殺予防の実践として有効性に欠けるものである。しかし、自殺念慮者が抱える苦悩と、「生きたい」と「死にたい」が共存するアンビバレントな心理に、無前提で応じることができる哲学は、スティグマのないコミュニケーションを可能とするとともに、生と死の本質を見据えた価値観の変容を促すことで、自殺念慮を抱かない死生観を形成する自殺予防の基礎となりうるものである。その可能性の一例は、カミュの不条理の概念と、それに基づく反抗の態度に見ることができる。とりわけ苦悩の意味を不条理から解釈することで、個別事象の問題解決を目指すアプローチとは異なる方法を提示した。