2020 年 11 巻 3 号 p. 113-125
本稿では,1950年代の日本を代表する争議である近江絹糸人権争議直後の賃金体系をめぐる議論を分析した。歴史資料や関係者へのオーラルヒストリーを使って,議論の経緯を分析した結果,労働組合は近代的性別役割分業構造を前提として,ジェンダーバイアスのある「家族賃金」を提案していることが確認された。具体的には,生活給の決定において男女差を付ける案が提案されていた。ただし,この提案は,労働組合内における激しい議論を生み,最終的には男女差を付けない賃金体系に決まった。人権争議に勝利した労働組合において男女差をめぐる意見対立が生まれたのは,田舎に戻り農家で共働きしなければならないという現実と,恋愛結婚による一人稼ぎ専業主婦という憧れ(ロマンティック・ラブ・イデオロギー)の間の葛藤があったからと解釈できる。