社会政策
Online ISSN : 2433-2984
Print ISSN : 1883-1850
最新号
選択された号の論文の38件中1~38を表示しています
特集 ケアをする権利・しない権利:脱・義務的家族介護を目指して
  • ――脱・義務的家族介護を目指して――
    山村 りつ
    2024 年 16 巻 1 号 p. 1-7
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     本稿では、社会政策学会第147回大会の共通論題で掲げたテーマについて、その背景と意図について論じていく。

     ケアとその保障をめぐる福祉国家による格闘を通じて、ケア供給のためのさまざまな仕組みづくりが行われてきた。高齢・障害・児童といった人々のケアについては、これまで家族や地域などの共同体がその供給を担ってきた。しかしその供給が難しくなり、国家による生活保障としてのケア供給が求められるようになったためだ。

     しかしそのなかで、さまざまな形で起きていた権利侵害に目が向けられることはなかった。なかでもケアをする者の権利について、日本では家族による義務的介護の陰に隠れて大きな問題とされずにきた。

     本稿では、これまでのケア保障とそれに係る制度を、ケアをする者と受ける者の権利という観点から捉えなおし、そういった権利侵害の現状や、介護の義務に対する考え方の整理といった点についての共通論題の各登壇者の論考につなげる。

  • ――日・仏・スウェーデンの育児・介護から――
    牧 陽子
    2024 年 16 巻 1 号 p. 8-20
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     家族の変容や女性の労働市場進出などの社会変動に伴い、女性が家庭で伝統的に担っていた育児・介護などのケアを誰が担うのかという問題が、多くの先進国で先鋭化している。本稿は、育児と介護における家族の義務の範囲について、日本とフランス、スウェーデンの3カ国をとりあげ、法が定める義務と、社会規範の二つのレベルから比較分析を行った。

     分析からは、育児・介護の「義務」は決して普遍的なものではなく、国により、また時代により変化するものであることが確認された。育児については法律上、いずれの国でも親の義務とされているものの、介護に関しては国により異なることや、社会規範とのズレも見出された。スウェーデンやフランスでは身体的ケアの外部化は進んでも、子から親への情緒的なサポートは弱まっていないとの指摘もあり、身体的ケアの外部化がすなわち親子の絆を弱めるわけではないことを、両国の例は示唆していると考えられる。

  • ――量的・質的調査から考える――
    相馬 直子
    2024 年 16 巻 1 号 p. 21-34
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     育児と高齢者介護の重複期は、社会的・人口学的な現象として十分に研究されていないだけでなく、社会政策としても十分に想定されてこなかった。対象別の近代社会政策の非効率や政策不足など、制度がうまく機能していないところのしわ寄せが、ダブルケアに集中している。子育て・介護・医療など、①各制度自体の不足、②制度の非効率(例:個別制度間の連携や柔軟性が低く使いにくい)、③子育てと介護の政策を包含する政策の不足(ケア世帯の困りごとを総合的に相談できる所が少ない等)がある。以上を理解したうえで、ダブルケアラーの「優先順位」や「選択」の困難や葛藤を読み解く必要がある。こうした困難や葛藤の中で、全国各地でダブルケアラーが能動的な主体となり、地域やSNSで当事者ネットワークを作り上げ共同の知恵を生産している。

  • ――フェミニズムにおける市場化批判から考える――
    山根 純佳
    2024 年 16 巻 1 号 p. 35-49
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     ケアの市場化は、低賃金で働くケア労働者を増加させ、ケア労働の社会的評価を低下させている。市場では、利用者は自らのニーズを表明しサービスを選択できる個人であり、ケア労働は業務を外部化される単純労働とみなされる。これに対して、フェミニストのケア論は、市場モデルのケアへの適用を批判し、「ニーズ応答性」「関係性の発展」「ケアの合理性」という概念を展開してきた。またケア関係は、福祉国家の資源や規範といったケアの文脈の中に埋め込まれており、権力や不平等をはらんでいることが指摘される。本稿では、フェミニズムのケア論に障害者介助論や社会政策における「生活モデル」の枠組みを接続し、「参加協働型ケアモデル」を検討する。ニーズの決定、ケアへの資源配分の決定過程に、ケアされる側とケアする側の双方が参加し、家族とケアする側の協働のための時間と裁量が保障されるようなケアシステムのあり方を展望する。

  • ――障害者の自立生活運動を対象として――
    廣野 俊輔
    2024 年 16 巻 1 号 p. 50-60
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     本稿では、障害者の自立生活運動を中心的な対象としつつ、ケアされる側の論理を検証しようとする。ケアというテーマはともすると、ケアする側をめぐるさまざまな問題として整理されがちである。本稿ではケアされる側に立って、障害者たちが求めたケアの到達点と課題について議論する。

     まずケアの最初の段階として支援のない状況で専ら家族がケアをするという状況がある。この状況下でのケアは不安定で抑圧的であった。障害者は必要なケアとひきかえに自由を制限され、将来の不安に怯えなければならなかった。この状況は障害者をして入所施設を希望させた。日本の自立生活運動では脳性マヒ者が集住形態での自立生活を模索したが、やがてアメリカの影響を受けた個別的な生活を志向する運動が主流を占めた。しかし、対立があるように見えたとしてもいずれの運動もケアを家族に依存しないことを目指す点でひとつの運動なのである。

小特集1 社会的弱者のニーズに応じたサービス利用保障の課題
  • 田中 聡子
    2024 年 16 巻 1 号 p. 61-64
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー
  • 山地 恭子
    2024 年 16 巻 1 号 p. 65-75
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     日本の医療保険制度は保険料負担と一部負担の二重負担がある。先行研究において、一部負担の根拠は曖昧であり、一部負担の存在理由は主にモラルハザードであるとされる。日本で最初の健康保険法には一部負担の概念が存在しなかったが、保険財政の悪化で一部負担が導入された。現在、一部負担は受診時医療機関に支払う対価と理解されており、低所得者、生活困窮者にとって、受診のゲートキーパーとしての役割を果たしている。

     本研究では、無料低額診療事業など一部負担を免除された当事者へのインタビュー調査を実施した。経済的理由に加え、受診行動に影響を与える二つの要因があると考察する。労働環境と子どものころの家庭環境である。そのため、自身の健康管理に対する意識が低く、受診行動につながりにくい。日本の医療保険制度はフリーアクセスだが、経済的困窮者にとって受診の機会が十分保障されていないと考える。

  • 田中 聡子
    2024 年 16 巻 1 号 p. 76-87
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     ひとり親家庭に対する支援は拡充しつつある。就労支援メニューは多彩になった。子どもに対する学習支援や子育て支援の事業も増加した。離婚前相談や離婚後の養育費確保支援について相談窓口が制度化し、設置されるようになった。しかしながら、多くのひとり親家庭は生活状況が厳しいもかかわらず、制度の利用に至っていない。特に新型コロナウイルス感染症による経済の悪化はサービス業に従事する非正規雇用のひとり親家庭の多くの母親の就労状態や収入に影響した。また、不登校児の増加も報告されている。しかし、子育てや生活に課題のあるひとり親家庭が行政の相談窓口や支援機関に相談に出向くことは少ない。

     そこで、ひとり親家庭の子育ておよび生活実態とソーシャルサポートの関係性に着目した。本報告はひとり親家庭を対象とした調査データから制度利用の課題についてひとり親家庭を取り巻くフォーマル、インフォーマルなサポートとの関係を考察する。

  • ――大阪精神医療人権センターの調査報告書をもとに――
    江本 純子
    2024 年 16 巻 1 号 p. 88-98
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     精神疾患は、厚生労働省の指定する5大疾病の一つであり、医療計画の中で地域医療の対象として指定されている。だが、精神科病院の入院制度や実態に関する情報は、一般には十分知られていない。

     日本の精神科病院は、他の医療と比較すると、独自のシステムをとっている。医療専門職の人員配置基準は、精神科特例により、一般病床を比べて専門職比率を低く設定されている。また患者本人の医療保護を理由に、本人の同意なく入院が可能であり、一定条件のもとに入院中の行動制限が可能である。このため精神保健福祉法の中では、人権を守るためのしくみが規定されている。しかし、制度は必ずしも十分機能しているとはいいがたく、実際に病院内での虐待事件も後を絶たない。

     大阪精神医療人権センターは、入院患者に関する権利擁護調査を実施した。本報告はこの調査報告書をもとに精神科医療における権利擁護に関する課題を検討し、今後のあり方を検討するものである。

小特集2 市民の自律をめぐる諸探究:社会政策への規範的アプローチ
  • ――新たな自律のありかたを問う――
    亀山 俊朗, 平野 寛弥, 寺田 晋
    2024 年 16 巻 1 号 p. 99-101
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー
  • 亀山 俊朗
    2024 年 16 巻 1 号 p. 102-113
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     近代社会は、自己調整的な市場とそれに対応する自律的市民を擬制として必要としてきた。20世紀の福祉国家は、社会的シティズンシップにより部分的市民にも財産と教養を与え、自律的で完全な市民とみなそうとした。戦後日本でも、保守党が福祉国家の建設を目標として掲げたように、社会的シティズンシップの確立は広範な社会的合意を得ていた。20世紀末以降、福祉国家が批判され、社会的目標は曖昧になる。これは、国民国家―産業資本主義―近代的家父長制というシティズンシップの基盤が変容したことの反映であった。その後市民が自律的・自発的に市民社会の諸アソシエーションに参加することが期待されたが、主体となる層は不明確である。その実現のためには、特定の人々というよりも、近代化や福祉国家政策のもとで築かれた制度的遺産をその担い手として想定し、シティズンシップを固定的ではなく人々が常に制定していくものとしていくことが求められる。

  • 平野 寛弥
    2024 年 16 巻 1 号 p. 114-126
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     近年、注目を集めている関係的自律の構想は、他者や環境との関係性に埋め込まれた主体を前提としており、従来の個人主義的な主体を前提にした自律のオルタナティブとして提起されてきた。本構想が注目を集める背景には、科学技術の急速な発達に支えられた社会環境の変化がある。本稿では、こうした主体観・自律観の変容とその背景にある社会環境の変化を「関係論的転回」と捉え、それがもたらす諸問題を整理するととともに社会政策への含意を検討した。関係的自律の構想は、新たな社会環境がもたらす主体への影響に自律の支援という積極的意義を付与する一方、外部からの介入のあり方を問い直す議論を喚起する。主体と自律の「関係論的転回」は、主体と環境の相互浸透を促進するものであるが、それにより近代社会が前提としてきた両者の区別はレリヴァンスを次第に失いつつある。今後の社会政策はこれを踏まえて再構成される必要に迫られている。

  • 寺田 晋
    2024 年 16 巻 1 号 p. 127-139
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     この論文では、自律を多次元的概念と捉えるC.マッケンジーの学説とM.フリッカーの認識的不正義の議論を参考に、自律と認識とのかかわりを検討した。検討の結果、認識的不正義は自律の自己授権の次元に含まれる社会的承認の拒否と大きく重なる概念であり、その害は自律の自己授権の次元だけでなく自己統御の次元に及ぶ可能性があることが明らかとなった。そこで本論文では認識的不正義の制度的是正策を提唱しているE.アンダーソンの議論を参考に、認識論的観点からみた自律の保証策を検討した。論文では、アンダーソンが社会統合を目的とするアファーマティブ・アクション(AA)という政策的指針を提示していることを確認したうえで、その是正策には、①統合というAAの目的の共有、②適用される文脈の限定、③AAがもたらす承認拒否への対策、④教育や雇用へのアクセスを前提としない構造変革的是正策の検討という4つの課題があることを指摘した。

小特集3 学生アルバイトの実態と問題点:基幹化・シフト制・ブラックバイト
  • 髙野 剛, 秃 あや美
    2024 年 16 巻 1 号 p. 140-144
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー
  • ――変容する実態及び分析枠組みの検討――
    今野 晴貴
    2024 年 16 巻 1 号 p. 145-158
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     2013年以降、日本においては学生のアルバイトに関する労働問題が注目を集めている。背景には親世帯の所得の減少、学費の値上げ、奨学金制度の不備に加え、使用者側の逸脱的労務管理の問題が指摘されている。これらの実態についてはすでに多くの事例報告が存在している一方で、学生アルバイトの問題をどのように分析すべきであるのかについての検討は不十分なままである。

     そこで、本報告においては学生アルバイト問題の実態を概観したうえで、この問題にアプローチする際に検討されるべき論点を多角的に提示する。第一に、社会政策的アプローチと労使関係論的アプローチの差異について検討する。どちらのアプローチに立つかによって問題の性質の理解、解決の方法、研究すべき論点は大きく異なってくることを示す。第二に、労働過程及び雇用関係の実態について検討する。さらに、第三に、これらが新型コロナ禍以後に被った変容について考察を加える。

  • ――ハンバーガーショップを事例に――
    田中 洋子
    2024 年 16 巻 1 号 p. 159-171
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     日本で最も非正規雇用割合が高い業種は飲食業である。特に外食チェーンでは低時給の学生アルバイトを中心に店舗が運営されている。このことは、働く人を含め日本社会で当然のように受け止められ、研究も行われてこなかった。これに対し本論文では、グローバルに展開するハンバーガーショップを例に、日本とドイツで実際の店舗がどのような労働力構成で、いかなる賃金・昇給システム下で運営されているかを明らかにする。仕事内容や習熟・昇格過程は同じであるにもかかわらず、日本では学生アルバイトやパートに低賃金のままマネジャーの責任が任されるのと対照的に、ドイツでは、無期雇用のフルタイム正社員が8割前後を占め、企業内教育により長期的に店長へ昇格・昇給する内部昇進制がとられ、長期勤続で帰属意識が高い、あたかも「日本的雇用」が実践されていることを示す。この現場比較を通じて、非正規中心でなくとも店舗は順調に運営できることを論じる。

小特集4 アジア社会政策研究の新地平をひらく
  • 李 蓮花
    2024 年 16 巻 1 号 p. 172-175
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー
  • 金 成垣
    2024 年 16 巻 1 号 p. 176-189
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     かつて比較福祉国家研究において韓国を取り上げるさいに、①経済成長が最優先とされ社会保障制度の発展が遅れてきたこと、②社会保障制度の発展を促す労働運動や左派勢力が権威主義的体制下で抑圧されてきたこと、③社会保障制度の役割の多くが家族によって肩代わりされてきたことが、その主な特徴として指摘されることが多かった。それらは、韓国だけでなく、先進諸国と区別されるアジア諸国・地域の共通の特徴としてしばしば強調されていた。重要なのは、少なくとも韓国に関していうと、福祉国家化に乗り出したとされる1990年代末以降、20年以上を経た現時点でみて、その3つの特徴はいずれもみられなくなっていることである。とすれば、韓国は、先進諸国の福祉国家に収斂してきているのだろうか。本報告では、韓国が収斂ではなく韓国固有の道を歩んできていること明らかにし、その韓国の経験が示すアジア諸国・地域への示唆を検討する。

  • ――多層的社会保障制度の構築――
    朱 珉
    2024 年 16 巻 1 号 p. 190-200
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     全面的小康社会の実現や絶対的貧困の撲滅などにより、中国の社会保障は2020年に大きな転換点を迎えた。「ポスト2020」の中国社会保障の方向性を示したのは、2021年に習近平が発表した社会保障に関する講話である。この講話は中国が黄金時代の福祉国家へのキャッチアップをやめ、「中国特色のある」わが道を模索することを表明し、学術界では「福祉中国」という概念が提示された。本稿は中国が目指そうとする「福祉中国」の内容およびその特徴を明らかにすることを目的とする。また、中国的な試みが後発国の社会保障にとってどのような意味をもつのかについて考察する。

  • ――タイの福祉国家化を事例に――
    大泉 啓一郎
    2024 年 16 巻 1 号 p. 201-211
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     本稿は、東南アジアにおける全国民を対象とした社会保障制度(以下、国民皆社会保障制度)の構築が先進国のそれとは異なった課題を有していることを、タイを事例に指摘するものである。タイを含めて東南アジア諸国は戦後急速に発展してきた。しかしながら、産業構造(工業化)や人口動態(少子高齢化)などの経済社会の急速な変化(近代化)は、国民皆社会保障制度の整備だけでなく、既存の社会保障制度の統合さえも困難にしている。加えて、インフォーマル雇用が多いことや財政面の制約が厳しいことなどの中所得国としての課題、経済のグローバル化が格差を拡大させていることなども整備の自由度を狭めている。

     このような点を考慮すると、東南アジアの国民皆社会保障制度ひいては福祉国家化への道筋は、欧米のそれとは異なったものになる可能性が高い。

小特集5 介護サービスにおける評価および関連制度の動向と課題:スウェーデン、韓国、日本の事例
  • 平岡 公一
    2024 年 16 巻 1 号 p. 212-213
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー
  • 斉藤 弥生
    2024 年 16 巻 1 号 p. 214-227
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     スウェーデンのコミューン(基礎自治体)の多くではホームヘルプ事業においてバウチャー制度の一種とされるサービス選択自由化制度を導入し、介護住宅では同制度を導入するコミューンもあるものの競争入札による民間事業者への運営委託がより一般的である。首都ストックホルム市では介護住宅全体の約8割を営利事業者に運営委託している。さらに住宅庁主導による国庫補助は従来の公設の介護住宅に加え、一般住宅市場における高齢者向け賃貸住宅の新築や立て替えも対象としており、その結果、民間所有の高齢者向け住宅が登場している。入居者同士の交流に寄り社会的孤立を防ぐことを目的とした「安心住宅」にも民間経営のものが増え、その誘致に力を入れるコミューンもある。スウェーデンには「開かれた比較」「高齢者ガイド」という介護の質、政策の評価システムがあるが、介護の市場化が進むなか、これらはどのように運営され、機能しているのか。X市での現地調査をもとに、従来の評価システムの変容と動向を整理し考察する。

  • 金 智美
    2024 年 16 巻 1 号 p. 228-238
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     韓国の高齢者介護を含む社会福祉における評価制度は1998年に導入された。この評価制度は、国からサービスの提供を委託された民間非営利団体を対象とする評価であったため、サービスの質の管理がある程度確保されたなかで実施された評価であった。しかしその後、介護サービスの市場化により高齢者介護の領域にバウチャーが持ち込まれたため、新たな評価制度が2009年に導入されることとなった。現行の評価制度では、自由に介護市場に参入してきた事業者に対する評価が行われており、これによって介護サービスの質の管理が行われている。このような仕組みは、政府(保険者)による介入やコントロールを強化したことから、評価対象となる介護サービス現場では評価制度について不満の声も少なくない。本論文では、韓国の高齢者介護サービスにおける評価制度を批判的に考察するとともに、事業者への聞き取り調査の結果を踏まえて、その現状と課題を分析する。

  • ――全国の市区における活用の状況――
    平岡 公一, 佐藤 雅子
    2024 年 16 巻 1 号 p. 239-251
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     介護保険事業計画における評価は、介護保険法改正により実績の評価が義務付けられ、厚生労働省によりアウトカム指標を含む評価指標の活用が推奨されるなどの動きが生じたことで新たな局面を迎えている。本研究は、このような状況を踏まえて、介護保険事業計画(書)の事例分析と質問紙調査のデータ分析を通して、全国の市区の介護保険事業計画における評価指標の活用の現状と課題を明らかにすることを目的とするものであった。この目的のもとで4つの分析課題を設定し、分析を行った。分析の結果、①アウトカム指標の活用が、介護予防等の分野が先行する形で進展しているが、戸惑いや困難に直面する自治体も少なくないこと、②多くの市区で、独自の政策体系の中に適切にアウトカム指標を位置づけようとする取り組みが進んでいること、③評価をめぐる政策の影響で介護保険のニーズ基底型計画の性格が弱められていることはないこと、などが確認された。

大会若手研究者優秀賞
  • 梶原 豪人
    2024 年 16 巻 1 号 p. 252-263
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     本稿の目的は、貧困に起因する子どもの所有物の欠如はいじめの被害の要因となりうるのか、そして要因として認められるならば、どのような所有物を欠如している場合にいじめの被害に遭いやすいのか、この2点を明らかにすることにある。

     分析にあたっては、(友だちが持っているものと同じような服やおもちゃ、お小遣いといった)友人関係の維持・形成に係る「仲間に溶け込む」ために必要な所有物に着目し、そうした所有物を欠いている子どもほどいじめの被害に遭いやすい、という仮説を立て、その検証を行った。なお、分析には複数の自治体が実施した、子どもの貧困実態調査の個票データを一つに統合したデータを用いた。

     分析の結果、「仲間に溶け込む」ために必要な所有物を欠いている子どもほどいじめの被害に遭いやすいという仮説は実証され、貧困に起因する子どもの所有物の欠如はいじめの被害の要因となりうるという知見が得られた。

投稿論文
  • ――緊急救護施設の創設と厚生省社会局の動向に着目して――
    篠原 史生
    2024 年 16 巻 1 号 p. 264-275
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     本稿は、1950年代の医療扶助入院精神障害者処遇と緊急救護施設創設をめぐる厚生省社会局の議論と動向を分析し、同時期の社会局による生活保護法と精神障害者処遇をめぐる政策形成過程を検討した。その結果、1958年の緊急救護施設の創設は、医療扶助入院精神障害者の動向を常に注視していた社会局が1950年代初頭から一貫して模索していた一連の医療扶助精神障害者の処遇政策のもとに位置づくことが明らかになった。また、緊急救護施設は社会局によって、その創設時点において精神病院退院者のアフター・ケアの役割を担う施設として位置づけられていたことも示された。1950年代の社会局は、生活保護法が精神障害者の医療を過重に負担している状況から脱することを企図し、医療を要する精神障害者のための措置入院拡大と医療を要さない「慢性固定」精神障害者のための保護施設創設というベクトルの異なる2つの施策を展開していたと考えられる。

  • ――「第三者」を含む権力関係に着目して――
    林 美子
    2024 年 16 巻 1 号 p. 276-288
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     セクシュアルハラスメントという社会課題が日本で可視化されてから30年以上たつが、いまだに被害は後を絶たない。被害が起きた職場における権力構造の観点から被害者の「語り」を分析すると、各企業の女性登用の遅れや性的役割分業、加害者の被害者に対する「優越的地位」だけでは説明しきれない要因がある。それは、上司や同僚など当事者を取り巻く「第三者」の存在であり、加害行為を放置し、容認するような職場の「雰囲気」である。もともと職場にある何らかの「雰囲気」が加害行為を可能にし、被害者の救済を阻んでいる。この「雰囲気」の背景には日本企業に特徴的な「一体感をもった共同体」がある。共同体の内部は「性による二重構造」となっており、服務規範にも性によって二重構造となっている。それゆえ、この問題の解決のためには「性による二重構造」を解体し、新たな服務規範と統制の原理の創出に企業や職場ぐるみで取り組む必要がある。

  • ――雇用論議における類型化の再定義――
    西村 純, 梅崎 修, 藤本 真
    2024 年 16 巻 1 号 p. 289-301
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     本稿の目的は、大企業の中途採用行動の分析を通じて、日本的雇用システムの新しい類型を示すことである。日本的雇用システムの改革が主張されている。その際には国別類型化に基づいて議論が行われることが多い。しかし、過度に単純化された類型は、議論を誤った方向に導く危険がある。そこで、本稿では雇用改革論議の活性化のために、実態を反映した類型の提示を試みる。事例調査より、中途採用には「A-1 新卒補完」「A-2 補助型」「B-1 恒常型」があり、その中にさらに細かなタイプがあることが発見された。このうち、Aの中途採用は「内部登用型」の内部労働市場で、Bの中途採用は「雇用流動型」の内部労働市場で、それぞれ人材を活用している。このことから、複数の雇用システムが併存していることが示唆される。つまり、過度に単純化した国別モデルではなく、日本における多様な内部労働市場の存在を前提に、雇用改革論議を行う必要がある。

  • ――報酬設定を中心として――
    柴田 徹平
    2024 年 16 巻 1 号 p. 302-313
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     近年、プラットフォーム労働の不安定就労の問題が国際的な課題になっている。しかし、日本ではこれらの研究が殆ど行われていない。本論文では、フードデリバリー配達員の報酬設定とそこで生じている問題について、配達員が報酬額を概ね予測できる企業と困難な企業の比較分析によって明らかにした。その結果は以下の通りである。第一に、B社の配達員は報酬の決定方法について会社から十分な情報を与えられておらず、報酬額を予測することが困難であったので、不満を抱き、報酬制度に不安定さが生じていた。第二に、報酬設定における一方的な変更は、配達員が報酬額を概ね予測できる企業と困難な企業の双方の配達員が懸念に感じていた。第三に、量的調査の結果、B社は報酬の決定方法を配達員に十分に伝えていないので、配達員が不満に感じていることが確認された。更に、上記の報酬設定の問題が配達員の意識と行動にどのように影響しているのかを考察した。

  • ――札幌市における「生きられた経験」の分析から――
    古賀 勇人
    2024 年 16 巻 1 号 p. 314-326
    発行日: 2024/05/30
    公開日: 2024/05/31
    ジャーナル フリー

     日本において、市民のエネルギー利用における困窮状態は、社会保障システムにおける「生活困窮者のエネルギー問題」として対策が制度化されている。そのため、社会保障システム自体の機能不全がこの問題への対策においても反映されていると考えられる。本稿は、「エネルギー貧困」概念を用いてこの現状を問題化する。具体的には、エネルギー貧困に脆弱な世帯の「生きられた経験」を現象学的解釈学分析の手法で分析し、日本の制度下における問題の様相を関係論的に明らかにする。分析からは、「制度的認識の限定性」、「エネルギー利用に関するニーズの不明確さ」、「当事者の認識における矮小化」の相互作用の結果としてエネルギー利用の困窮問題が矮小化されていることが示される。ここからは、エネルギー貧困概念の制度的措定は、矮小化されている困窮を問題化し、所得面での対策にとどまらない多面的な方策を可能にすることが示唆される。

書評
feedback
Top