本稿では,よき消費者をめぐる規範として1960年代から広がった「かしこい消費者」規範の特徴を検討し,日本現代史におけるその歴史的位置づけを考察した。「かしこい消費者」規範の形成には,1961年に設立された日本消費者協会の役割が大きく,日本消費者協会は日本生産性本部による生産性運動から生まれ,通産省の補助を受けながら商品テスト事業や消費者教育に取り組んでおり,消費者を経済成長政策の枠組みで捉える志向が強かった。そのため,「かしこい消費者」規範には,①消費者の権利よりも責任に力点を置いて主体化を促し,②買いもの上手的なかしこさを身につけることを目指して,③企業社会・近代家族・ジェンダーという枠内で女性に主婦役割を強く期待する,という特徴がみられた。こうした特徴をもつ規範の形成は,長い目でみれば,企業との関係において消費者が構造的な弱者であるという視点を後景に退かせ,消費者問題の本質的な解決にとって長い回り道を歩ませることに繋がったのではないかと思われる。