2026 年 17 巻 3 号 p. 54-65
本稿は「責任」概念の歴史的意味論を、19世紀後半ドイツの社会政策形成、とりわけ労災保険を事例に検討するものである。一般に西欧諸社会では、近代化と分業により「古典的責任モデル」が揺らぎ、将来の損害予防を重視する「ポスト古典的責任モデル」が登場したとされる。特にドイツでは、ポリツァイの再編と労働災害が契機となり、1860年代には自由と自己責任が強調されたが、1870年代には原因帰属を超えて雇用者や国家の責任が議論され、1880年代には予防責任としての保険制度構想に結実した。さらに1884年の労災保険法は、国家が「不作為責任」を認めつつ、強制保険による連帯を正当化し、自由と自助を補完する仕組みとして成立した。このように責任の意味論は、原因追及から問題解決の引受へと転換し、徐々に個人の自律と社会的連帯の調和を制度化した。本稿はこの歴史的生成を明らかにし、現代の自己責任論を再考するための手がかりを提供するものである。