社会政策
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小特集1■「高度成長」と「日本的雇用慣行」の再検討
日本的雇用慣行の最終的確立は何時なのか?
―雇用調整の機能をになう労働力の変化に注目して―
遠藤 公嗣
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2016 年 8 巻 1 号 p. 82-92

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抄録

 日本的雇用慣行の存在は,1945〜54年に認識された。その時期の労働市場は,有名な1951年「労働市場の模型」に示される。それは3層に分かれていて,氏原正治郎が画いたものである。「大工場労働市場」がその最上層であって,その男性正規労働者に日本的雇用慣行が存在した。「都市および農村の潜在的過剰人口」がその最下層であって,そこに雇用調整の機能をになう労働力がいた。高度成長期と安定成長期の合計36年間で,日本の労働市場は大きく変化した。この期間に,雇用調整の機能をになう労働力は,「都市および農村の潜在的過剰人口」にいる労働力から,企業内のいわゆる非正規労働者に変化した。しかし,男性の正規労働者の日本的雇用慣行は,大企業で存在しつづけた。1960年代から,日本的雇用慣行は非正規労働者を必要としてきたが,その多くは男性稼ぎ主型家族から供給された。1960年代からの日本の社会システムは,日本的雇用慣行と男性稼ぎ主型家族がつよく結びつき,相互に支えあうシステムであった。私はこの社会システムを「1960年代型日本システム」と呼ぶ。しかし,1990年代以降,日本的雇用慣行も「1960年代型日本システム」も,持続可能性を失っている。そのため,日本的雇用慣行の最後の形態は,「1960年代型日本システム」のもとでの日本的雇用慣行である。

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© 2016 社会政策学会
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