2019 年 8 巻 2 号 p. 19-33
本論文では,人間はなぜ社会的ジレンマ状況において自ら進んで協力を行ってきたのかという「協力の進化」問題に対し有力なメカニズムである間接互恵性を扱う。間接互恵性研究では,どのような情報で他者を評価すべきかについて,理論と実証において大きな対立がある。理論研究では,行動情報のみを用いた評価は進化的安定性を有しないことから複雑な情報処理の必要性を主張している。一方,実証研究では,人間を対象にした実験の蓄積から,人間はそこまで複雑な情報処理を行っていないと主張している。我々は,理論研究で用いられてきた公的評価仮定の非現実性に着目し,これを緩和した私的評価系の分析を行った。この系の解析には無限本の連立方程式を解く必要があり理論解析を困難にする。そのため,我々は別の仮定を導入し厳密解を導出した。この仮定が解に与える影響を確認するため,補完的にエージェントベース・シミュレーションを行い,解の信頼性を確認した。その結果,協力社会を維持できる間接互恵規範は,私的評価系においてはいくつかの特徴がこれまでの知見とは異なることを明らかにした。特に,私的評価系で顕在化する問題を解消するために導入した留保規範の優位性が明らかとなった。この理論結果を実証的に確認するため人間を被験者とする実験を行い,留保規範が許容されることを統計的に検定した。間接互恵規範を探求するため,理論・シミュレーション・実験という異なるアプローチを統合することは,計算社会科学に新たな貢献を提供する可能性がある。