現代社会学理論研究
Online ISSN : 2434-9097
Print ISSN : 1881-7467
感情的な身体
感情的行為論の礎石
澤田 唯人
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2013 年 7 巻 p. 41-53

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抄録
本稿は、感情社会学批判の文脈のなかで主題化されてきた「生きられた感情」の存在論的地位を明らかにし、その行為論的意義を提示するものである。感情社会学は、人間の内なる「自然」とされてきた感情現象に働く「集合的な管理や規則」の存在を可視化することで、感情の「社会性」を謳ってきた。けれども、こうした営みが(同じく自然科学の枠組みである)「刺激-反応図式」のもとで理解されてきた「感情的行為」類型の再定式化へと向けられることはなかった。それは、個々人に「生きられる感情」という問題圏の浮上と無関係ではない。感情社会学の理論構成における行為主体は、意識的に自らの感情から距離をとり、それをものとして管理することのできる「理性的な強さ」を負荷されてきたのである。しかし、我々はむしろ自らの感情を直接的に生きること、すなわち感情的であることを余儀なくされた存在でもあろう。現象学的理解によれば、意識それ自体の「情感性(affectivité)」とは、世界内存在の根本様態であり、それは身体と意味世界との「隠喩的な接触関係」において成立している。こうした地平から、ハビトゥスに基づく習慣的行為を「身体と意味世界との図式的な調和関係」として捉えるN. クロスリーの議論を参照するならば、感情的行為とは、馴染みの無い現実に直面し、意味世界との身体図式的な関係が不協和に陥ることで体現される、有意味な「隠喩的行為」であることが示唆される。
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© 2013 日本社会学理論学会
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