抄録
原子力発電プラント等における蒸気発生器(以下,SGと略す)では,厚さ数mmの伝熱管壁を介して熱交換が行われるため,万が一,伝熱管壁に貫通欠陥が生じると,冷却材が高圧側から低圧側へ漏えいする。高速炉のSGでは,漏えいにより低圧のナトリウム(Na)中へ高圧の水/蒸気が噴出して,Na-水反応が生じる。この反応に寄与する重要な化学反応式は以下の2式とされる。
Na+H2O→NaOH+1/2H2+ΔH
2Na+H2O→Na2O+H2+ΔH
Na中に漏えいした水/蒸気は,反応生成物である水素ガス,Na2O,腐食性のNaOHおよび反応熱を伴う高温の二相噴流(以下,反応ジェットと略す)を形成することから,一般的な液体金属の二相流現象とは異なる設計上の配慮が必要となる。プラントでは,Na中に水/蒸気が漏えいした場合,その量が少ないうちに水素検出計やカバーガス圧力計等で検出し,原子炉を停止するとともに,伝熱管内の水/蒸気を抜き取り,Na-水反応を停止するように設計されている。反応が停止するまでの間に反応ジェットが隣接する伝熱管に当たると,エロージョンとコロージョンの作用によりウェステージと呼ばれる管壁の損耗を引き起こす。日本のSG体系での実験によると,ウェステージの進行速度(減肉速度)は水漏えい率に依存し,中規模な水漏えい(10g/s~2kg/s)では,それより小規模な水漏えいに比べてウェステージの進行速度は小さいが,反応ジェットが相対的に大きくなることから,その影響は複数の伝熱管に及ぶ。そして2kg/s前後の水漏えい率では,隣接する伝熱管が高温の反応ジェットに覆われるため,ウェステージの進行による破損ではなく,むしろ局所的に管壁温度が上昇して機械的な強度の低下による破裂(以下,高温ラプチャと略す)を引き起こす可能性がある。したがって,反応ジェットにさらされた状態における高温ラプチャ挙動の解明が重要となる。
高温ラプチャ挙動は,反応ジェットからの伝熱により上昇した管壁温度における材料強度と管壁応力の相対関係により評価できるが,これらは伝熱管の材質,寸法を始めとするSGの設計や運転条件に大きく依存する。そのため,和田らによるSG伝熱管の材料強度データの取得と円筒の内圧破損に関する構造健全性評価に関する研究が行われた。一方,不透明で化学的に活性なNaを扱うという実験技術上の困難さから,これまで,反応ジェットによる高温ラプチャ実験結果を定量的に説明するまでには至らなかった。筆者らは,現象別に構造的側面と熱的側面に着目した2つの実験を計画し,前者の実験において,高周波誘導加熱装置を用いた急速加熱による破損模擬実験と解析により,高温状態で内圧負荷を受ける伝熱管の破裂挙動と解析モデルの裕度を明らかにして,構造健全性評価手法の保守性・妥当性を確認した。
反応ジェットと伝熱管の伝熱特性は,管壁温度の評価に係わる重要なテーマである。これまで,ウェステージ現象に関連して反応ジェットの温度分布を調べた研究はなされたが,高温ラプチャ現象に着目して伝熱特性を調べた研究はほとんどない。そのため,伝熱管の熱的影響が反応ジェットの最高温度に依存すると考えて,実験的に反応ジェットの温度と実効熱伝達率の相関図を作成し,実験データを包絡する保守的な値を選定することで,高温ラプチャ評価に適用してきた。すなわち,反応ジェットと伝熱管の伝熱現象を評価し,実験式を導出した研究は見当たらない。
本研究では,反応ジェットが主に水素ガス(気相)と伝熱性能に優れるNa(液相)からなる二相噴流であるとの観点から,熱的側面に着目したNa実験と解析により反応ジェットと伝熱管の伝熱現象を考察し,その上で,安全評価に適用すべき実効熱伝達率の実験式を導出することを主な研究目的とする。