抄録
近年,太陽光や風力などいわゆる新エネルギーには,供給面での高コストや不安定性,エネルギー低密度に伴う回収の非効率性など,電源として実用化するにあたり多くの克服すべき点が残されているものの,将来に望ましい電源として人々の期待が寄せられている。一方,すでに電力供給の主流である原子力は,エネルギーセキュリティや地球温暖化抑制の観点から,国策上は基幹とすべき電源にされているにもかかわらず,核関連施設や放射性廃棄物に対する人々の不安感が依然として強く,その利用には十分な国民的賛同が得られていない。このように,個々の電源に対して必ずしも基本的な特性や位置付けを的確に理解しているとは考えられないものの,人々はそれぞれの電源に対して何らかの選好意識を抱いていることは確かである。
このような状況のもとで,今後は電力自由化拡大の論議が引き続き進展するに伴って,原子力利用に対する国民の合意形成が一段と膠着化していくことが予測される。こうした事態打破のひとつの方策として,本報ではわが国の電源選択の意思決定プロセスに人々が直接関わるというアプローチを想定してみる。そのための糸口として,まず人々が問題への関与をどの程度認識しているかを把握すること,例えば,仮に電源選択という行動に踏み込むことになった場合に,どのような意見を表明するかを定量化することが望まれる。しかし,実際のところ,複数の異なった電源から供給される電力は送電網を通して「一様の電気」となって消費者に届けられるため,人々が各自の電源選好意識を個人としての電源選択行動に結びつけることはそもそも物理的に無理である。また,たとえ人々に積極的に関与する意欲があっても,それを直接行動に反映させる具体的な手段に乏しい。近年では一般家庭に太陽光発電システムが導入されるようになり,グリーン電力基金加入制度も創設されてはいるが,これらも現在のところ一部の人々の参加に限られている段階にある。
こうした背景に基づき,本研究は仮想評価法(Contingent Valuation Method: CVM)による手法を適用し,人々の電源選好に対する意識を定量的に捉えることを試みたものである。CVMとは調査の題材となる対象に関連した仮定条件を提示し,それが導きうる状況シナリオを具体的に説明したうえで,その変化を回避するために回答者が個人として最大限負担しても構わないとする支払い意志額(Willingness To Pay: WTP)を尋ねる手法である。本来,CVMは景観のように何らかの間接的な便益をもたらす,いわゆる非利用価値の評価に用いられてきた。本研究においては,CVMの仮定条件として,まず将来のわが国の電源選択に人々が直接関与する状況を想定し,この際の意志の強さをWTP値により提示することを求めた。また,人々の電源選択の意見形成に与える影響要因について分析を試みるために,回答者の持つ意識の背景に関連する質問項目をさまざまな側面から設定した。なお,本来このような目的の調査においてはコンジョイント分析による手法も用いられるが,今回は人々のこうした意識の把握に対して初めてCVMを試行的に採用することにより,CVM適用の有効性を見極めるとともに調査設計の妥当性について検証を加えることを意図している。
これまでの国内外におけるCVM適用については,一般にエネルギー問題以外の分野の調査において数多く見られるが,電源選択や電気料金に関わる調査においては事例が少ない。本調査の実施にあたっては,原子力の,いわゆる外部性評価の観点から関連施設の周辺住民の意識に対して行われたCVM調査,および太陽光や風力など将来のエネルギー導入のあり方に対して人々の意見を尋ねたCVM調査の2つを主に参考にした。また,本調査に先立ち筆者らは,CVMによる妥当な調査設計条件を概略的に絞込むためにプレテストを実施しているが,その際に得られた知見も本調査に反映させた。例えば,今回の調査ではアンケート調査と訪問調査の2つのステップからなる構成としている。なお,調査対象としては,代表的な電源地域(立地地域)と需要地域(都市地域)を選定した。前者は原子力発電所の周辺市町村を,後者は電力の消費地である大都市区部としている。これら立地地域と都市地域における人々の意識の比較および意識形成の特徴などに関する資料も得られているが,これらについては別途報告することにしたい。