2022 年 57 巻 2 号 p. 35-52
2019年の秋季から2020年の夏季にかけて各季節2日間ずつ、東京都内の5地点において、大気中のVOC個別成分濃度の観測を行った。観測期間を対象に大気質シミュレーションを実行し、個別成分別に濃度の観測値と計算値を詳細に比較検証することにより、大気質シミュレーションと、その重要な入力データである排出インベントリに含まれる課題を検討した。いずれの季節や地点においても、VOCの濃度計算値は観測値よりも過小評価であり、特にAlkaneやKetoneの各成分の影響が顕著であった。大気中でのこれらの成分の反応性は低いため、日本国内の発生源の他、越境輸送を通した半球規模での過小評価の影響が示唆された。大気中での反応性を加味した場合には、AlkaneやKetoneの影響度は相対的に小さくなり、Alkeneの各成分の濃度の過小評価とAromaticの各成分の濃度の過大評価の影響がより顕著に現れた。個別成分の特徴から、燃料の漏出や工業系溶剤からの排出量の過小評価と、塗料からの排出量の過大評価が原因として考えられた。Biogenicの各成分の濃度も大幅な過小評価であり、都市部における植物からのVOCの排出実態や季節変動の解明の重要性が示された。本研究のように、VOC個別成分濃度の情報は、大気質シミュレーションや排出インベントリの課題を明確にするために極めて有用である。