谷本学校 毒性質問箱
Online ISSN : 2436-5114
レクチャー
1 タンパク質と共有結合する薬毒物の生体反応とそれに対する細胞の防御戦略
熊谷 嘉人
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2013 年 2013 巻 15 号 p. 1-14

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抄録

 親電子物質は、相手分子の電子密度の大きい部分を攻撃しやすい化学的性質を有し、生体内に侵入すると、タンパク質のシステイン残基のような求核置換基やDNAの窒素原子と共有結合することで付加体を形成する。このように親電子物質はその反応性が高いために、組織傷害や発がんの原因物質として理解されてきた。一般に化学発がん剤として知られている物質の大半はそれ自身にがん原性はなく、生体内の代謝活性化を経て親電子物質に変換される場合が多い。

 ヒトのゲノム中には214,000個のシステイン残基が存在するが、その大半は分子内に埋没しているか、高次構造維持等のためのS-S結合、あるいは亜鉛の配位子として利用されている。ところが、タンパク質中システイン残基の10~20%程度はそのpKa値が低いために、生理的条件下では解離してチオレートイオン(S)となり、これらが親電子物質の標的となる。意外なことに、グルタチオン(GSH)のpKa 値は9.12と高く、生理的pHでは僅か2%しか解離していない。しかし、各組織でのGSH濃度は高く、かつグルタチオ-S-トランスフェラーゼ(GST)によりそのpKa値は低下することから、GSHが親電子物質の不活性化に重要であることは論を俟たない。一方、タンパク質中システイン残基に隣接あるいは3次元的に近傍に塩基性アミノ酸が位置すると、アミノ基による脱プロトン化の促進に伴い、そのpKa 値が低くなることが知られている。このような親電子物質の標的をセンサータンパク質と呼ぶ。

 ところで、薬物リガンドが特定のレセプターに作用する能力は、薬物リガンドの親和性及び固有効果に関連している。すなわち、薬物リガンドはタンパク質からなる高分子上の、認識部位と呼ばれる厳密な分子ドメインに相互作用(ドッキング)することで、何らかの作用を発現する。それに対して、リガンド-レセプター相互作用に基づく“鍵と鍵穴”の関係ではなく、親電子物質がセンサータンパク質の解離性チオール基に共有結合(ロッキング)した結果、センサータンパク質の高次構造の変化が引き金となり、シグナル伝達が活性化されることを親電子シグナルという。本稿ではこれ以降、親電子物質を親電子リガンドと呼ぶことにする。

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© 2013 安全性評価研究会
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