谷本学校 毒性質問箱
Online ISSN : 2436-5114
レクチャー
6 霊長類を用いた実験における動物愛護に関する国際的な動向
黒澤 努
著者情報
解説誌・一般情報誌 フリー

2013 年 2013 巻 15 号 p. 50-56

詳細
抄録

 動物実験に関する国際的なルールには2010年以降大きな変革があった。ここではそれらについて解説したい。とりわけそれらのルールの中で、霊長類に関する規定で我が国への影響が甚大と思われる点を指摘したい。多くの国際的ルールでは実験動物福祉に重きが置かれ、その実践として3Rsの実行が強調されている。2012年には我が国の動物愛護法の改訂論議があったが、動物実験の法的規制を嫌う研究者は、動物実験は自主管理されるべきであり法的な規制はそぐわない、と主張した。動物実験を自主的に管理しなければならないのは当然であり、多くの国々でもそうした体制が整えられている。実際、国際的な動物実験プログラムの妥当性について評価認証するシステムであるAAALAC International(国際実験動物ケア評価認証協会)の認証システムにおいても、研究機関が自主的に構築した仕組みを、その適法性、国際的ルールとの適合性等に照らして、適切性を評価している。しかし、自主管理だけで十分であるとする欧米先進国はほとんどない。また国際的なルールでも、自主管理だけで良いとするものは見当たらない。すなわち、研究の一手段である動物実験は自主管理が基本であるが、その確実な、また適切な運用法等について、各国は法律で種々定めるのであり、国際的なルールのほとんどはその適切性についての実際を規定している。英国の動物実験規制法は、動物実験自体を適切に行わせることを規定しているが、多くの国々の法律や国際的ルールは実験動物福祉を担保することを目的に作られ、その目的を達成するために、一部で動物実験に関しても踏み込んだ規制を行っているのであって、研究の手段である動物実験自体を細部にわたって規定するものではない。このため、多くの法律、国際ルールは研究機関の体制作りについて言及しており、その体制の中の個々の役職の責任と義務を明示する規定となっている。直接的には実験動物の苦痛の軽減を如何にして行うかの規定であるが、実験動物の苦痛の判定及びその軽減は獣医学的ケアとして獣医学を背景とした専門家が、責任と義務を負うことが中心となっている。すなわち、実験動物を獣医学における診療対象として福祉を担保しようとしている。特に2010年からの国際的ルール改定では、獣医師であれば誰でも良いとするのではなく、実験動物学、実験動物医学等の特別な卒後教育を受けた専門家がその役割を担うこととされるようになってきている。我が国の実験動物法制では、獣医学的ケアないし獣医師の関わりすら明記されていないのとは大きく異なっている。とくに霊長類についてはその実験使用に関して批判も多いことから、他の実験動物種よりも、より厳格な規定が作られている。霊長類の規定に関してはその項や条文だけを参考にしがちであるが、国際的ルールでは、それ以前に実験動物を使用するための獣医学的ケアの体制の構築と実施が研究機関に求められていて、そこからさらに霊長類についての規定が上積みされていることを良く理解すべきである。この背景には、欧米では霊長類を使った研究について批判的な立場をとる市民が多く、その支持を受ける形で動物実験反対運動が盛んであるため、動物実験を必要と考える研究者及び政府がより厳格な法律を制定してまでも、動物実験を継続しようとしていることがある。動物実験ならびに実験動物福祉に関する法制が整備されなければ、動物実験そのものができなくなるのではないかという危機感の上で法律が作られている現実を知るべきである。 その一例として、動物実験反対運動家の実験動物輸送阻止のキャンペーンがある。このキャンペーンにより、すでに霊長類の輸入が不可能となり、事実上動物実験停止に追い込まれた例が頻発している。霊長類の実験使用ならびに動物実験そのものが必要であると考えるのであれば、一般市民にも理解できるような適切な法制を整備して、バイオメディカルサイエンスの健全な発展に協力すべきである。

著者関連情報
© 2013 安全性評価研究会
前の記事 次の記事
feedback
Top