谷本学校 毒性質問箱
Online ISSN : 2436-5114
レクチャー
5 トランスポーターと医薬品毒性の複雑な関係
加藤 将夫
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2013 年 2013 巻 15 号 p. 41-49

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抄録

 トランスポーター(膜輸送体)は、細胞膜を多数回貫通する膜タンパク質である(図1)。ヒトに存在するトランスポーターには、ATP binding cassette (ABC) superfamilyとsolute carrier (SLC) superfamilyとがある(図1)。ABCトランスポーターはATPaseであり、ATPを加水分解した時に発生するエネルギーを駆動力として、基質を細胞内から細胞外へ排出する。ヒトにおいてABCトランスポーターは約50個の遺伝子が知られている1)が、生体内において薬物の排出機構として重要とされているものにABCB1(P-糖タンパク質:P-gp)やABCG2 (breast cancer resistance protein : BCRP)、ABCC2 (multidrug resistance-associated protein : MRP2)などが知られる。ABCトランスポーターは分子内にATP加水分解サイト(nucleotide binding domain : NBD)を1ないし2個有する(図1)。結晶構造解析によると、細胞外から侵入した基質が脂質二重層の内側膜でP-gpに認識され、ATPの加水分解とともに細胞外へ排出されるモデルが提唱されている2)。脂溶性の高い薬物は、細胞膜の脂質二重層に親和性を有するため、一般にはトランスポーターに認識されなくても、分子形のものが濃度勾配に従って細胞内に取り込まれる(単純拡散)。単純拡散は生体への異物の侵入を許すことにもつながるので、P-gpによる細胞内膜での基質認識は、細胞外から侵入する基質の細胞内への曝露を妨げる生体防御の一つとも考えられる。

 これに対し、SLCトランスポーターはNa+、H+ など主に無機イオンの濃度勾配(電気化学的ポテンシャル)を駆動力として、基質の取り込みと排出の両方向に働くexchangerであると考えられている(図1)。ヒトのSLCトランスポーターには約400個の遺伝子が知られている3)。この中で、薬物の輸送に関わるものには、SLC16(ペプチドトランスポーター)、SLC21(SLCO family、有機アニオントランスポーター)、SLC22(有機カチオン、有機アニオントランスポーター)、SLC29(ヌクレオシドトランスポーター)などのfamilyがある。取り込み、排出はともに生体膜透過であり、トランスポーターを介した生体膜透過を輸送とも呼ぶ。

 トランスポーターの多くは、糖、アミノ酸、ビタミン及び神経伝達物質など生体に必須な特定の物質の輸送を司る。一方で、薬物を輸送するトランスポーターは薬物トランスポーターとも呼ばれ、その基質特異性の広さが特徴である。同一のトランスポーターに多くの薬物が認識されることは、トランスポーターを介した薬物同士の相互作用にもつながる。近年公開されたFDAの薬物相互作用draft guidanceでは、相互作用に関わるとされる重要なトランスポーターとして、P-gp、BCRPの他、肝臓のOATP1B1とOATP1B3、腎臓のOCT2/SLC22A2、OAT1/SLC22A4、OAT3/SLC22A6が挙げられている4)

 本稿の主題は、これらトランスポーターが薬物の毒性にどのように関わるかである。医薬品や候補化合物に毒性が見られた時に、トランスポーターの関与を疑うとした場合、どのようなことを考えれば良いのであろうか。本稿では、そのためのブレーンストーミングの一助になればと考え、毒性とトランスポーターの複雑な関係についても触れる。

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© 2013 安全性評価研究会
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