谷本学校 毒性質問箱
Online ISSN : 2436-5114
レクチャー2 トランスレーショナルリサーチ
2-2 革新的ヒト正常・疾患組織モデルの創製と医薬品研究への応用
松崎 典弥明石 満
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2015 年 2015 巻 17 号 p. 38-44

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抄録

 医療・創薬研究において、動物実験は削減の方針となりつつある。期待されているのが、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)1)から分化誘導して得られる様々な正常および疾患細胞である。特に、患者由来iPS細胞から分化誘導した疾患細胞は、ヒトと動物の種差の課題を解決し、候補化合物の薬効や毒性を評価できると期待されている。しかし、生体組織は複数種類の細胞で構成され、種々の細胞が相互作用することで組織としての機能を発現しているため、細胞単体で生体組織と同じ薬剤応答を得ることは困難である。例えば、肝細胞の重要な機能の一つであるアルブミンの産生量は、細胞単体と比較して三次元組織体では10倍以上増加することが報告されている2)。そこで、生体組織を構成する様々な細胞とタンパク質を三次元で統合し、生体組織類似の機能を有する三次元組織を構築できれば、生体組織に近い薬効・毒性応答が得られると期待される。

 三次元組織構築に関する国際競争は既に激化しているのが現状である。米国では、国防高等研究計画局(DARPA)と国立衛生研究所(NIH)への巨額の研究費が投じられ、「Organ on a chip」という、動物実験に代わるヒト細胞のチップを用いた医薬品評価を実現するプロジェクトが進行している3)。欧州連合(EU)では、第7次フレームワークプログラム(FP7)にて「The Body-on-a-chip」プロジェクトが開始されている。iPS細胞で優位に立った日本がそのリードを維持して激しい国際競争に勝つためには、普遍性の高い三次元組織構築技術の確立が急務である。

 生体外での組織構築は、動物実験代替法の観点からも大変重要である。EUでは、2013年3月11日より動物実験を行った化粧品の販売が例外なく禁止となり4)、国内でも株式会社資生堂と株式会社マンダムが動物実験の廃止を既に決定している。したがって、実験動物に代わりヒト皮膚モデルを用いて毒性・効果判定試験を行う必要がある。現在市販されているヒト皮膚モデルは、「表皮層のみ」、「表皮層+真皮層」の2種類であり、付属器としては色素細胞(メ ラノサイト)を導入した皮膚モデルも市販されている。しかし、国際標準として認められているのは、「In vitro皮膚腐食性:ヒト皮膚モデル試験(OECD TG431)」と「In vitro 皮膚刺激性:再生ヒト表皮試験法(OECD TG439)」のみである。血管網やリンパ管網、免疫細胞などの機能性を導入したヒト皮膚モデルの構築は未だ困難であるため、アレルギー性試験などの微小応答を評価することができず、早急の解決が求められている。この動物実験代替の流れは化粧品だけでなく創薬分野にも波及しており、日本製薬工業協会(製薬協)は、創薬研究における動物実験の減少と代替法の活用を推進している。近い将来、創薬研究においても動物実験代替法が普及することが容易に想定されるため、本課題は、皮膚モデル以外の組織・臓器モデル、例えばヒト肝組織やヒト心筋組織モデルなどにも発展するであろう。

 つまり、医療・創薬・化粧品分野における次の大きな課題は、“いかにして三次元組織を生体外で構築するか”であると言っても過言ではない。生体組織・臓器の代替物として医療・創薬分野に有用な三次元組織の工業的な安定生産・供給が可能となれば、国際競争力に優れた普遍性の高い日本の新しい産業となることが期待される5)

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© 2015 安全性評価研究会
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