2016 年 2016 巻 18 号 p. 46-54
医薬品開発における動物実験は、新しい化合物のヒトでの安全性と有効性を予測するために行われる。ここでは動物実験の結果をいかにヒトに外挿するかが課題である。外挿性という問題について、安全性評価や薬物動態の分野では、ハイスループットトキシコロジー(HTP-Tox)やin silicoにおけるシミュレーションなど新しい技法が開発され、一種のパラダイムシフトが起こりつつある1)。また循環器系、呼吸器系、泌尿器系などの身体系では、臨床の問題から動物のモデル実験へ、動物のモデル実験から臨床の問題へというシームレスな外挿が実現され、創薬に貢献しているように思われる。
他の身体系と比べると、対象が脳と行動の場合、外挿は容易ではない。たとえば、統合失調症のグルタミン酸仮説は現在有力な仮説であり、これを実証する動物実験は数多いが2)、この仮説に基づいた薬剤は未だに上市されていない。また、アルツハイマー病に目を向けると、10万件とも言われる基礎研究の報告がありながら、根治治療に有効な治療薬の成功には至っていない。
安全性評価に目を転じてみても、脳と行動に関する外挿の難しさが感じられる。たとえば、抗インフルエンザ薬オセルタミビルに関連した異常行動は3)、動物実験では予見されていなかった。もちろん、こうした事象はそもそも稀であり、投薬との因果関係も立証されていない。非臨床段階でこれを予見するのは無理のように思えるが、一般社会での話題の大きさから考えると、事情に精通していない人々からは動物実験の有用性に対する疑問が出てくるのではないかという懸念も感じられる。
脳と行動に関する外挿が難しいことにはそれなりの理由がある。実験動物の脳とヒトの脳は構造も機能も大きく異なっている。霊長類は齧歯類よりもヒトに近いとはいえ、サルの脳とヒトの脳の間には大きな隔たりがある。実験環境での動物の行動もヒトの日常生活の行動とは違う。しかし、外挿の難しさという問題が中枢神経系作用薬の開発を消極的にしているとすれば望ましくない。現在、新規医薬品開発イノベーションに向けて産学官が連携を強化する体制が整えられており、動物実験からヒトへのトランスレーショナルリサーチに多大な関心が寄せられている。非臨床の行動評価について考えるにあたって、本稿ではまず行動薬理学のこれまでの歩みを概観し、次に薬効評価と安全性評価の問題を取り上げ、脳と行動における外挿について考えてみたい。