待遇コミュニケーション研究
Online ISSN : 2434-4680
Print ISSN : 1348-8481
特別寄稿
粗略性と過剰性
日本語における語用論的戦略
加藤 重広
著者情報
ジャーナル フリー

2022 年 19 巻 p. 35-50

詳細
抄録

文脈を設定する2つの立場、帰納的文脈と演繹的文脈のうち、本論では後者をとり、文脈に下位区分を設定する。言語による伝達では、言語形式は情報として不要なものを省略したり、細かな情報を大まかな情報に置き換えたりすることは珍しくなく、可能性の高い推論のみを残して低い推論を捨てる単純化や合理化も広く見られる。この種の操作では発話はより粗略(loose)になるが、これを粗略化という方策だと本論は考える。粗略化は形式面と意味機能面で分けることができるので、前者を形式的粗略性、後者を機能的粗略性と呼ぶ。「午後8時を過ぎれば外食ができない」から「午後8時を過ぎていなければ外食ができる」を引き出す誘導推論は、可能性の高い組み合わせのみを残す機能的粗略性の一つと考えることができる。粗略性が利用できるのは文脈的に必要な情報が補充されるからだと考えれば、粗略性は文脈と深く結びつく。演繹的文脈の枠組みでは、文脈から他の文脈が引き出され、発話からも文脈が引き出されて、文脈が過剰に生成される状況を想定する。この枠組みでは、文脈の中に発話が生み出される状況だけでなく、発話から逆算して関連する文脈情報が生成される文脈逆成の作用を重視している。文脈逆成を適用することで、俳句や和歌などの短詩形韻文学の研究に資する面も期待できる。過剰な文脈の多くは推論に使われなければ談話記憶でそのまま消衰していくが、背景的に解釈を深化させる面もある。過剰な文脈は粗略性の方略をより利用しやすくする。日本語を高コンテクスト文化とする文化人類学者の観察はこの方略と整合しているものの、科学的に分析されたことはない。本論では、日本語では省略など粗略性を利用するしくみが多くあるとして分析例を示す。今後、この種のしくみが十分に明らかになれば高コンテクスト文化の実相が科学的に解明できると考えられる。

著者関連情報
© 2022 待遇コミュニケーション学会
前の記事 次の記事
feedback
Top