天然有機化合物討論会講演要旨集
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低酸素環境選択的がん細胞増殖阻害物質furospinosulin-1の標的分子の解明
荒井 雅吉河内 崇志中田 千晶古徳 直之小林 資正
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p. Oral13-

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低酸素環境選択的がん細胞増殖阻害物質furospinosulin-1の標的分子の解明

 腫瘍内部は無秩序に血管網が存在するため、部分的な低酸素領域が存在する。このような低酸素環境に適応したがん細胞は、血管新生やがん転移に関わる因子を活発に産生し、化学療法や放射線療法に抵抗性を示すため、病態の悪化に大きく寄与している。その一方、生理条件下において低酸素環境は存在しないことから、低酸素環境のがん細胞選択的に細胞増殖阻害活性を示す化合物は、副作用の少ない新しい抗がん剤のリード化合物になることが期待される。また、がん細胞の低酸素適応に関わる転写因子として Hypoxia Inducible Factor-1a(HIF-1a) が知られており、HIF-1a を標的とする Target-based Screening は活発に行われているが、臨床応用されている化合物は未だ存在しておらず、HIF-1a に代わる新しい薬剤標的分子も見出されていない。

このような背景のもと我々は、がん細胞の低酸素適応に関わる新規責任分子を標的とする分子標的治療薬の創製を目的に、ヒト前立腺がん DU145 細胞を用いて低酸素培養条件選択的に細胞増殖阻害活性を示す活性天然物の探索を行い、インドネシア産海綿 Dactylospongia elegans の抽出エキスから、フラノセスタテルペン furospinosulin-1 (1)1) を見出した (Fig. 1)。1 は濃度依存的かつ低酸素環境選択的な細胞増殖阻害活性を示し、マウスでの in vivo 試験において、経口投与で良好な抗腫瘍活性を示した。また、1 はHIF-1a の阻害剤ではなく、低酸素環境特異的に発現誘導される増殖因子 insulin-like growth factor-2 (IGF-2) の発現を転写レベルで阻害するという、全く新しい作用メカニズムを持つ化合物であることを明らかにしている。2-4) 以上のことから、1 は抗がん剤シーズとして有望であるとともに、HIF-1a 以外の分子を標的としている可能性が高く、その標的分子にも興味がもたれる化合物である。

 今回我々は、furospinosulin-1 (1) の in vivo での詳細な作用について検討するとともに、分子生物学的手法と furospinosulin-1 プローブを利用するケミカルバイオロジーの手法を組み合わせ、これまで不明なままであった 1 の結合タンパク質を同定した。

In vivo における furospinosulin-1 (1) の作用

1. 腫瘍内低酸素領域への影響

マウス肉腫S180 細胞を移植したモデルマウスにおいて、 furospinosulin-1 (1) は経口投与で顕著に腫瘍重量を減少させる。しかし、この 1 の抗腫瘍活性が、腫瘍内部の低酸素領域に作用した結果であるのか否かは不明であった。そこで、低酸素領域に蓄積する pimonidazoleを用いた組織学的手法により、1 が腫瘍内の低酸素領域に与える影響について検討した (Fig. 2)。腫瘍摘出前に pimonidazole をマウスへ腹腔内投与し、腫瘍切片を FITC 標識抗 pimonidazole 抗体により免疫染色後、pimonidazole 陽性領域に存在する生細胞数を測定することで低酸素領域を定量した。その結果、1 投与群の腫瘍は、コントロール群と比較して顕著な低酸素領域の減少が観察された。一方、抗がん剤 cisplatin 投与群についても同様に検討した結果、腫瘍重量は 1 投与群と同程度であるにも関わらず、低酸素領域の顕著な減少は観察されなかった。

2. 腫瘍内 IGF-2 産生量への影響

また、in vitro での fur

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 腫瘍内部は無秩序に血管網が存在するため、部分的な低酸素領域が存在する。このような低酸素環境に適応したがん細胞は、血管新生やがん転移に関わる因子を活発に産生し、化学療法や放射線療法に抵抗性を示すため、病態の悪化に大きく寄与している。その一方、生理条件下において低酸素環境は存在しないことから、低酸素環境のがん細胞選択的に細胞増殖阻害活性を示す化合物は、副作用の少ない新しい抗がん剤のリード化合物になることが期待される。また、がん細胞の低酸素適応に関わる転写因子として Hypoxia Inducible Factor-1a(HIF-1a) が知られており、HIF-1a を標的とする Target-based Screening は活発に行われているが、臨床応用されている化合物は未だ存在しておらず、HIF-1a に代わる新しい薬剤標的分子も見出されていない。

このような背景のもと我々は、がん細胞の低酸素適応に関わる新規責任分子を標的とする分子標的治療薬の創製を目的に、ヒト前立腺がん DU145 細胞を用いて低酸素培養条件選択的に細胞増殖阻害活性を示す活性天然物の探索を行い、インドネシア産海綿 Dactylospongia elegans の抽出エキスから、フラノセスタテルペン furospinosulin-1 (1)1) を見出した (Fig. 1)。1 は濃度依存的かつ低酸素環境選択的な細胞増殖阻害活性を示し、マウスでの in vivo 試験において、経口投与で良好な抗腫瘍活性を示した。また、1 はHIF-1a の阻害剤ではなく、低酸素環境特異的に発現誘導される増殖因子 insulin-like growth factor-2 (IGF-2) の発現を転写レベルで阻害するという、全く新しい作用メカニズムを持つ化合物であることを明らかにしている。2-4) 以上のことから、1 は抗がん剤シーズとして有望であるとともに、HIF-1a 以外の分子を標的としている可能性が高く、その標的分子にも興味がもたれる化合物である。

 今回我々は、furospinosulin-1 (1) の in vivo での詳細な作用について検討するとともに、分子生物学的手法と furospinosulin-1 プローブを利用するケミカルバイオロジーの手法を組み合わせ、これまで不明なままであった 1 の結合タンパク質を同定した。

In vivo における furospinosulin-1 (1) の作用

1. 腫瘍内低酸素領域への影響

マウス肉腫S180 細胞を移植したモデルマウスにおいて、 furospinosulin-1 (1) は経口投与で顕著に腫瘍重量を減少させる。しかし、この 1 の抗腫瘍活性が、腫瘍内部の低酸素領域に作用した結果であるのか否かは不明であった。そこで、低酸素領域に蓄積する pimonidazoleを用いた組織学的手法により、1 が腫瘍内の低酸素領域に与える影響について検討した (Fig. 2)。腫瘍摘出前に pimonidazole をマウスへ腹腔内投与し、腫瘍切片を FITC 標識抗 pimonidazole 抗体により免疫染色後、pimonidazole 陽性領域に存在する生細胞数を測定することで低酸素領域を定量した。その結果、1 投与群の腫瘍は、コントロール群と比較して顕著な低酸素領域の減少が観察された。一方、抗がん剤 cisplatin 投与群についても同様に検討した結果、腫瘍重量は 1 投与群と同程度であるにも関わらず、低酸素領域の顕著な減少は観察されなかった。

2. 腫瘍内 IGF-2 産生量への影響

また、in vitro での furospinosulin-1 (1) の活性発現には、低酸素環境下で誘導される IGF-2 の発現阻害が関与する。そこで次に、1in vivo においても in vitro と同様にIGF-2 の発現を阻害するか否かを検討するため、腫瘍組織内の IGF-2 タンパク量をウエスタンブロッティングにより解析した (Fig. 3)。その結果、1 投与群の腫瘍は、コントロール群と比較して顕著な IGF-2 タンパク量の減少が見られた。

以上の結果から、furospinosulin-1 (1) は腫瘍内の低酸素領域のがん細胞に作用し、IGF-2 の発現を阻害することで腫瘍の増大を抑制することが強く示唆された。

Furospinosulin-1 (1) 結合タンパク質の同定

1. Sp-1like オリゴヌクレオチドプローブを用いた結合タンパク質の解析

次に、furospinosulin-1 (1) の標的分子の解析を行った。我々はこれまでに、ゲルシフトアッセイを利用するIGF-2 遺伝子のプロモーター解析により、1 が、低酸素条件で培養した細胞の核タンパク質と IGF-2 遺伝子のプロモーター領域の -171 から -142 の遺伝子配列 (Sp1-like 結合配列) との複合体形成を阻害することを見出している。2,4)

我々はこの現象を 1 の結合タンパク質の解析に応用し、Fig. 4 に示す方法で、1 によりSp1-like 結合配列への結合が阻害されるタンパク質の同定を試みた。すなわち、低酸素培養条件で調製した DU145 細胞の核タンパク質と 3’ 末端をビオチン標識した Sp1-like オリゴヌクレオチドを混和し、Streptavidin ビーズでプルダウンした後、Sp1-like オリゴヌクレオチドに結合したタンパク質を LC-MS により網羅的に解析した。そして、1 を添加しない条件(Exp.1) および活性を示さない analog-f13 (2) (Fig. 5) を添加した条件(Exp.3) では検出され、競合物質として 1 を添加した条件 (Exp.2) および通常培養条件で調製した DU145 細胞の核タンパク質を用いた条件 (Exp.4) では検出されないタンパク質を探索した。その結果、結合タンパク質の候補を 4 種類のタンパク質に絞ることに成功した。

さらに、Sp1-like オリゴヌクレオチドに結合したタンパク質中に、それぞれのタンパク質が含まれるか否かをウエスタンブロッティングにより検討した結果、1 の結合タンパク質は、これまでがん細胞の低酸素適応や代謝変化に関与することが全く報告されていない 2 つの転写制御因子、p54nrb および LEDGF であることが強く示唆された。

2. Furospinosulin-1 probe を用いた結合タンパク質の解析

さらに、1 のプローブ分子(furospinosulin-1 probe) を作成し、両タンパク質と 1が結合するか否かを検討した(Fig. 5)。すなわち、furospinosulin-1 probe を DU145 細胞の核画分と混和し、UV を照射後、Streptavidin ビーズでプルダウンした画分に、p54nrb および LEDGF が含まれるか否かをウエスタンブロッティングにより検討した。その結果、通常培養の細胞由来の p54nrb は検出されなかったのに対し、低酸素培養の細胞由来の p54nrb は検出された。また、1 を競合させることでその結合は阻害され、analog-f13 (2) では阻害されなかったことから、1 は低酸素培養条件のp54nrb とのみ結合することが示唆された。一方、LEDGF についても同様の検討を行った結果、1 での競合阻害は確認できなかったが、1 はLEDGF とも結合することが示唆された。

3. p54nrb およびLEDGF とfurospinosulin-1 (1) の結合親和性解析

そこで次に、1 と p54nrb および LEDGF との結合親和性を明らかにすることを目的に、p54nrb および LEDGF のリコンビナントタンパク質を HeLa 細胞で発現・精製し、furospinosulin-1 probe または dummy probe との結合親和性を表面プラズモン共鳴法により解析した (Table 1)。

その結果、低酸素培養条件で調製した p54nrb では、dummy probe との解離定数は 782 nM と算出されたのに対し、furospinosulin-1 probe との解離定数は 23.0 nM と算出された。また、通常培養条件で調製した p54nrb では、furospinosulin-1 probe との解離定数は 5.06 mM と算出されたことから、1 は低酸素培養条件のp54nrb と直接結合することが明らかになった。

一方、LEDGF では、低酸素培養条件で調製したものと通常培養条件で調製したもので同様の傾向を示し、dummy probe との解離定数は 1.82 mM ~ 3.22 mM と算出され、furospinosulin-1 probe との解離定数は 21.2 nM ~ 40.1 nM と算出された。このことから、1 はLEDGF とも直接結合することが明らかになった。

4. p54nrbおよび LEDGF ノックダウン細胞の表現型解析

一方、p54nrbおよびLEDGF はがん細胞の低酸素適応や代謝変化に関与することはこれまでに報告されていない。そこで次に、DU145 細胞の p54nrb および LEDGF の発現を siRNA を用いて抑制し、その表現型の解析を行った。各遺伝子のタンパク質レベルでのノックダウン効率をウエスタンブロッティングにより検討した結果 (Fig. 6a)、いずれも顕著な発現の抑制が確認された。このときの IGF-2 の発現量を検討したところ、p54nrb をノックダウンした細胞では、furospinosulin-1 (1) で処理した細胞と同様に、顕著な IGF-2 タンパク量の減少が見られた。一方、LEDGF ノックダウン細胞では、IGF-2 タンパク質の発現量に変化は見られなかった。

さらに、各遺伝子の発現抑制がDU145 細胞の増殖に与える影響をMTT 法を用いて検討した(Fig. 6b)。その結果、p54nrb および LEDGF のいずれをノックダウンした細胞も、1 で処理した細胞と同様に、低酸素環境選択的な細胞増殖阻害を受けることが明らかになった。

 

以上の結果から、p54nrbは低酸素条件下、IGF-2 遺伝子の発現を促進することにより、LEDGF は未知の低酸素応答遺伝子群の発現を制御することにより、低酸素環境下でのがん細胞の生存・増殖に関わることが示唆された。Furospinosulin-1 (1) の結合タンパク質として見出した両転写制御因子はこれまで、がん細胞の低酸素適応や代謝変化に関与することは全く報告されていないことから、HIF-1a に代わる新しい薬剤標的分子として有用だと考えられる。

Reference:

1) Cimino G. et al., Tetrahedron, 28, 1315-1324 (1972)

2) Arai M. et al., ChemMedChem, 5, 1919-1926 (2010)

3) 荒井ら 第51回天然有機化合物討論会講演要旨集, 名古屋, 2009, pp 647-652.

4) 古徳ら 第52回天然有機化合物討論会講演要旨集, 静岡, 2010, pp 355-360.

 
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