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1.序論
ディデムナケタールA–C(1–3, Figure 1)は、Faulknerらによりパラオ産のDidemnum属ホヤから単離・構造決定された複雑な構造を有する海洋天然物である1,2)。当初、1及び2は天然物と考えられていたが、のちに生物試料をメタノール中で長期間保存したことで、天然物である3が分解物して1及び2が生成したことが判明した2)。ディデムナケタール類の平面構造は詳細な二次元NMR解析により決定され、さらに2の全立体構造は天然物の分解・誘導化実験、キラル異方性試薬の適用、部分構造に対するX線結晶構造解析を組み合わせて提唱された3)。化合物1及び2は顕著なHIV-1プロテアーゼ阻害活性を示すため(IC50値 2及び10 μM)1)、これまで全合成のターゲット分子として興味を集めてきた。
昨年Tuらにより1の提出構造式の全合成が初めて報告されたが、合成品のNMRスペクトルデータが天然物のそれらと一致せず、Faulknerらの提出構造式に誤りがあることが強く示唆された4)。今回、我々は2の提出構造式の全合成と部分構造に対するPGME法5)の適用を含む詳細なNMR解析を独自に行うことで、提出構造式のC10–C20位部分の絶対立体配置の帰属に誤りがあると結論し、本天然物の構造改訂を行った。さらに改訂構造式の全合成を達成し、そのNMRスペクトルデータが天然物のそれらと良い一致を示したことから、本天然物の完全立体構造決定に初めて成功したので、その詳細を報告する。
2.ディデムナケタールBの提出構造式2の全合成
合成計画:化合物2は、最終段階におけるアルデヒド4とビニルヨージド5との野崎−檜山−岸(NHK)反応6)によるC21–C28側鎖導入によって得られると考えた(Scheme 1)。化合物4はアルコール6からビニロガス向山アルドール反応7)によるC1–C5部分の構築とC5, C7, C8, C11位ヒドロキシ基のアシル化により合成することを計画した。化合物6はEvans syn-アルドール反応8)によってアルコール7から誘導することとした。化合物7はヨウ素体9から調製できるアルキルボレート8とエノールホスフェート10との鈴木−宮浦反応9)と続く酸触媒を用いた熱力学支配条件下でのスピロアセタール化10)を行うことで立体選択的に構築できると考えた。
ディデムナケタールBの提出構造式2の全合成:文献既知のラクトン1111)を出発原料とし、5段階でスルホン14へと誘導した後、別途調製したアルデヒド15とのJulia–Kocienski反応12)によりオレフィン16を得た(Scheme 2)。続いて、Sharpless不斉ジヒドロキシ化13)によりC11位及びC12位の不斉中心を導入した後、2段階で保護基の変換を行いアルコール18とし、さらに2段階でヨウ素体9へと変換した。
次に化合物9と別途調製したエノールホスフェート1010a)との鈴木−宮浦反応を行い、エノールエーテル19を収率84%で得た(Scheme 3)。続いて、シリル基の除去と酸処理により熱力学的に有利なスピロアセタール20を単一の立体異性体として得た。化合物20の相対立体配置はNOE実験により確認した。化合物20から4段
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1.序論
ディデムナケタールA–C(1–3, Figure 1)は、Faulknerらによりパラオ産のDidemnum属ホヤから単離・構造決定された複雑な構造を有する海洋天然物である1,2)。当初、1及び2は天然物と考えられていたが、のちに生物試料をメタノール中で長期間保存したことで、天然物である3が分解物して1及び2が生成したことが判明した2)。ディデムナケタール類の平面構造は詳細な二次元NMR解析により決定され、さらに2の全立体構造は天然物の分解・誘導化実験、キラル異方性試薬の適用、部分構造に対するX線結晶構造解析を組み合わせて提唱された3)。化合物1及び2は顕著なHIV-1プロテアーゼ阻害活性を示すため(IC50値 2及び10 μM)1)、これまで全合成のターゲット分子として興味を集めてきた。
昨年Tuらにより1の提出構造式の全合成が初めて報告されたが、合成品のNMRスペクトルデータが天然物のそれらと一致せず、Faulknerらの提出構造式に誤りがあることが強く示唆された4)。今回、我々は2の提出構造式の全合成と部分構造に対するPGME法5)の適用を含む詳細なNMR解析を独自に行うことで、提出構造式のC10–C20位部分の絶対立体配置の帰属に誤りがあると結論し、本天然物の構造改訂を行った。さらに改訂構造式の全合成を達成し、そのNMRスペクトルデータが天然物のそれらと良い一致を示したことから、本天然物の完全立体構造決定に初めて成功したので、その詳細を報告する。
2.ディデムナケタールBの提出構造式2の全合成
合成計画:化合物2は、最終段階におけるアルデヒド4とビニルヨージド5との野崎−檜山−岸(NHK)反応6)によるC21–C28側鎖導入によって得られると考えた(Scheme 1)。化合物4はアルコール6からビニロガス向山アルドール反応7)によるC1–C5部分の構築とC5, C7, C8, C11位ヒドロキシ基のアシル化により合成することを計画した。化合物6はEvans syn-アルドール反応8)によってアルコール7から誘導することとした。化合物7はヨウ素体9から調製できるアルキルボレート8とエノールホスフェート10との鈴木−宮浦反応9)と続く酸触媒を用いた熱力学支配条件下でのスピロアセタール化10)を行うことで立体選択的に構築できると考えた。
ディデムナケタールBの提出構造式2の全合成:文献既知のラクトン1111)を出発原料とし、5段階でスルホン14へと誘導した後、別途調製したアルデヒド15とのJulia–Kocienski反応12)によりオレフィン16を得た(Scheme 2)。続いて、Sharpless不斉ジヒドロキシ化13)によりC11位及びC12位の不斉中心を導入した後、2段階で保護基の変換を行いアルコール18とし、さらに2段階でヨウ素体9へと変換した。
次に化合物9と別途調製したエノールホスフェート1010a)との鈴木−宮浦反応を行い、エノールエーテル19を収率84%で得た(Scheme 3)。続いて、シリル基の除去と酸処理により熱力学的に有利なスピロアセタール20を単一の立体異性体として得た。化合物20の相対立体配置はNOE実験により確認した。化合物20から4段階でアルコール7へと変換した後、Evans syn-アルドール反応8)によってC6位及びC7位の不斉中心を構築し、アルコール22を得た。不斉補助基を還元除去してアルコール6へと変換した後、ビニロガス向山アルドール反応7)により増炭し、アルコール24を単一の立体異性体として得た。続いてC5位の立体配置を反転し、アルコール25へと変換した。この段階でC5, C6及びC7位の不斉中心の立体配置を新Mosher法14)の適用と誘導化により確認した。続いてC5, C7, C8及びC11位のアシル基を順次導入し、アルコール27へと導いた。最後に27を酸化した後、ビニルヨージド510a)とのNHK反応を行い、2及び21-epi-2の全合成を達成した。しかし、2及び21-epi-2のNMRスペクトルデータはいずれも天然物のそれらとは一致しなかった15)。
3.ディデムナケタールBの構造改訂
我々は天然物と合成した2及び21-epi-2のNMRデータの詳細な検討を行った。その結果、天然物と合成品の1H及び13C NMR化学シフト値は、C8/C10位及びC20/C21位周辺での不一致が顕著であった。さらに、天然物のC10–C20位の絶対立体配置決定の根拠となったPGME法のデータ3)に矛盾があることを見出した。実際に我々はPGMEアミド(R)-29及び(S)-29を独自に合成し、Faulknerらが報告したPGMEアミド(R)-28及び(S)-283)とΔδ値を比較したところ、いずれもC19位メチレン水素原子は正の値、C20位メチン水素原子は負の値を示した(Figure 2)。以上の結果から、FaulknerらはC10–C20位の絶対立体配置を誤って帰属したと推察し、ディデムナケタールBの正しい構造式は30で表されると考えた(Figure 3)。
4.ディデムナケタールBの改訂構造式30の全合成
改訂構造式30の合成は提出構造式2の合成法に則って行った(Scheme 4)。ラクトン11を速度論的プロトン化により化合物31へ誘導した後、5段階でスルホン32へと変換した。別途調製したアルデヒドent-15とのJulia–Kocienski反応によりオレフィン33を得た後、5段階の変換によってヨウ素体34を得た。
続いて、化合物34から合成したアルキルボレートと別途調製したエノールホスフェートent-10との鈴木−宮浦反応を行った後、シリル基の除去と酸処理によりスピロアセタール36へと誘導した(Scheme 5)。その後、Evans syn-アルドール反応及びビニロガス向山アルドール反応を含む19段階の変換によりアルコール37へと導いた。最後にビニルヨージド5とのNHK反応を行い、30の全合成を達成した。その結果、天然物と合成品30の1H及び13C NMR化学シフト値は良い一致を示し、改訂構造式30がディデムナケタールBの真の完全立体構造であると結論づけた。
5.結論
我々は(1)鈴木−宮浦反応による部分構造の連結とスピロアセタール部分の構築、(2)Evans syn-アルドール反応とビニロガス向山アルドール反応によるC1–C7部分構造の構築、及び(3)NHK反応によるC21–C28側鎖の導入を鍵工程とし、ディデムナケタールBの提出構造式2の全合成を初めて達成した。合成した提出構造式2と天然物の詳細なNMRデータの比較、及び独自に合成したC7–C21モデル化合物に対してPGME法を適用することにより、提出構造式のC10–C20位部分の絶対立体配置の帰属に誤りがあることを見出し、本天然物の構造改訂を行った。さらに、最終的に改訂構造式30の全合成を達成し、そのNMRデータが天然物のそれらと良い一致を示したことから、本天然物の完全立体構造の決定に成功した。
謝辞: (R)-及び(S)-Rocheエステル、(S)-シトロネラールを御恵与下さいました株式会社カネカ並びに高砂香料工業株式会社に深謝いたします。本研究は文部科学省科学研究費補助金・若手研究(A)及び(B) (Nos. 23681045, 21710216)による助成を受けて遂行された。
1) Potts, B. C. M.; Faulkner, D. J.; Chan, J. A.; Simolike, G. C.; Offen, P.; Hemling, M. E.; Francis, T. A. J. Am. Chem. Soc. 1991, 113, 6321. 2) Pika, J.; Faulkner, D. J. Nat. Prod. Lett. 1995, 7, 291. 3) Salomon, C. E.; Williams, D. H.; Lobkovsky, E.; Clardy, J. C.; Faulkner, D. J. Org. Lett. 2002, 4, 1699. 4) Zhang, F. M.; Peng, L.; Li, H.; Ma, A. J.; Peng, J. B.; Guo, J. J.; Yang, D.; Hou, S. H.; Tu, Y. Q.; Kitching, W. Angew. Chem., Int. Ed. 2012, 51, 10846. 5) Nagai, Y.; Kusumi, T.; Tetrahedron Lett. 1995, 36, 1853. 6) (a) Takai, K.; Kimura, K.; Kuroda, T.; Hiyama, T.; Nozaki, H. Tetrahedron Lett. 1983, 24, 5281. (b) Jin, H.; Uenishi, J.; Christ, W. J.; Kishi, Y. J. Am. Chem. Soc. 1986, 108, 5644. 7) Mukaiyama, T.; Ishida, A. Chem. Lett. 1975, 319. 8) Evans, D. A.; Bartroli, J.; Shih, T. L. J. Am. Chem. Soc. 1981, 103, 2127. 9) Miyaura, N.; Suzuki, A. Chem. Rev. 1995, 95, 2457. 10) (a) Fuwa, H.; Noji, S.; Sasaki, M. Org. Lett. 2010, 12, 5354. (b) Fuwa, H.; Sasaki, M. Org. Lett. 2008, 10, 2549. 11) Deng, L. S.; Huang, X. P.; Zhao, G. J. Org. Chem. 2006, 71, 4625. 12) Blakemore, P. R.; Cole, W. J.; Kocienski, P. J.; Morley, A. Synlett 1998, 26. 13) Kolb, H. C.; VanNieuwenhze, M. S.; Sharpless, K. B. Chem. Rev. 1994, 94, 2483. 14) Ohtani, I.; Kusumi, T.; Kashman, Y.; Kakisawa, H. J. Am. Chem. Soc. 1991, 113, 4092. 15) Fuwa, H.; Sekine, K.; Sasaki, M. Org. Lett. 2013, 15, in press.