天然有機化合物討論会講演要旨集
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アミノグリコシド抗生物質の生合成におけるラジカル活性化を契機とする修飾酵素反応機構
工藤 史貴星 正太Sucipto Hilda江口 正
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p. Oral16-

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アミノグリコシド抗生物質の生合成におけるラジカル活性化を契機とする修飾酵素反応機構

 アミノグリコシド抗生物質は、ストレプトマイシンやカナマイシンなどが有名であり、古くから臨床医学上重要な抗生物質として使用されてきた。聴覚障害や腎毒性など無視できない副作用もあり、その使用は制限されているものの、細菌のrRNAへの特異的結合による抗菌活性は極めて重要である。その化学構造は、アミノサイクリトールに様々なアミノ糖やデオキシ糖が連結した疑似オリゴアミノ糖であり、組み合わせにより多種多様なアミノグリコシド抗生物質が知られている(Fig. 1)。

 その生合成研究は、当研究グループをはじめ、イギリス、ドイツ、韓国の研究グループなどにより酵素遺伝子レベルで進められてきた1-3。2-デオキシストレプタミン(2DOS)をアミノサイクリトール部位に有するブチロシンとネオマイシンの生合成に関しては、現在までに、ほぼ全ての生合成酵素の機能解析がなされている4。すなわち、2DOS、パロマミン、ネアミン、リボスタマイシンなどの共通的生合成中間体は、類似骨格を有するアミノグリコシド抗生物質の遺伝子クラスターに保存されている酵素により構築されることが明らかとなっている(Fig. 1)。したがって、この抗生物質群のさらなる構造多様性は、それぞれの抗生物質の生合成遺伝子クラスターにコードされる特徴的な酵素により生じるはずである1。そのようなアミノグリコシド抗生物質の構造多様化に関わる酵素解析を進め、ネオマイシンとカナマイシンは、興味深いラジカル活性化を契機とする酵素反応により、成熟型へと変換されることが明らかとなったので報告する。

Fig. 1. 2-デオキシストレプタミン(2DOS)含有型アミノグリコシド抗生物質の生合成経路。図中のKanJとNeoNがラジカル活性化を契機とした修飾反応を触媒する。

<ネオマイシン生合成の最終段階>

 ネオマイシンは、5”’位のエピマーの関係にあるBとCの混合物として市販されているが、主成分はネオマイシンBである(Fig. 1)。本討論会でも既に報告したが、ネオマイシンCを構築するための全ての生合成酵素の機能解析に成功しており5、また、ネオマイシンCからネオマイシンBへのエピメリ化反応は、ネオマイシン生合成遺伝子クラスターに特徴的にコードされるラジカルSAM(S-アデノシルメチオニン)酵素NeoNにより触媒されることが分かっている6。ラジカルSAM酵素は、活性部位中の還元型の[4Fe-4S]1+がSAMを還元的に開裂させることで5’-デオキキシアデノシルラジカルを発生させて、様々なラジカル反応を触媒する酵素として知られている。この興味深いラジカル酵素反応機構を解明するために研究を進めた。

 本研究ではまず、NeoN反応における基質と生成物の化学量論を明らかにすることにした。生成物の定量分析の結果、ネオマイシンBと5’-デオキシアデノシンが等モル量生成することが明らかとなった。このことから、SAMから生じる5’-デオキシアデノシルラジカル(5’-dA•)が基質の水素を引き抜いて、ラジカル中間体が生成し、これを酵素内の何らかのアミノ酸残基が水素原子を供給してエピメリ化が進行

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 アミノグリコシド抗生物質は、ストレプトマイシンやカナマイシンなどが有名であり、古くから臨床医学上重要な抗生物質として使用されてきた。聴覚障害や腎毒性など無視できない副作用もあり、その使用は制限されているものの、細菌のrRNAへの特異的結合による抗菌活性は極めて重要である。その化学構造は、アミノサイクリトールに様々なアミノ糖やデオキシ糖が連結した疑似オリゴアミノ糖であり、組み合わせにより多種多様なアミノグリコシド抗生物質が知られている(Fig. 1)。

 その生合成研究は、当研究グループをはじめ、イギリス、ドイツ、韓国の研究グループなどにより酵素遺伝子レベルで進められてきた1-3。2-デオキシストレプタミン(2DOS)をアミノサイクリトール部位に有するブチロシンとネオマイシンの生合成に関しては、現在までに、ほぼ全ての生合成酵素の機能解析がなされている4。すなわち、2DOS、パロマミン、ネアミン、リボスタマイシンなどの共通的生合成中間体は、類似骨格を有するアミノグリコシド抗生物質の遺伝子クラスターに保存されている酵素により構築されることが明らかとなっている(Fig. 1)。したがって、この抗生物質群のさらなる構造多様性は、それぞれの抗生物質の生合成遺伝子クラスターにコードされる特徴的な酵素により生じるはずである1。そのようなアミノグリコシド抗生物質の構造多様化に関わる酵素解析を進め、ネオマイシンとカナマイシンは、興味深いラジカル活性化を契機とする酵素反応により、成熟型へと変換されることが明らかとなったので報告する。

Fig. 1. 2-デオキシストレプタミン(2DOS)含有型アミノグリコシド抗生物質の生合成経路。図中のKanJとNeoNがラジカル活性化を契機とした修飾反応を触媒する。

<ネオマイシン生合成の最終段階>

 ネオマイシンは、5”’位のエピマーの関係にあるBとCの混合物として市販されているが、主成分はネオマイシンBである(Fig. 1)。本討論会でも既に報告したが、ネオマイシンCを構築するための全ての生合成酵素の機能解析に成功しており5、また、ネオマイシンCからネオマイシンBへのエピメリ化反応は、ネオマイシン生合成遺伝子クラスターに特徴的にコードされるラジカルSAM(S-アデノシルメチオニン)酵素NeoNにより触媒されることが分かっている6。ラジカルSAM酵素は、活性部位中の還元型の[4Fe-4S]1+がSAMを還元的に開裂させることで5’-デオキキシアデノシルラジカルを発生させて、様々なラジカル反応を触媒する酵素として知られている。この興味深いラジカル酵素反応機構を解明するために研究を進めた。

 本研究ではまず、NeoN反応における基質と生成物の化学量論を明らかにすることにした。生成物の定量分析の結果、ネオマイシンBと5’-デオキシアデノシンが等モル量生成することが明らかとなった。このことから、SAMから生じる5’-デオキシアデノシルラジカル(5’-dA•)が基質の水素を引き抜いて、ラジカル中間体が生成し、これを酵素内の何らかのアミノ酸残基が水素原子を供給してエピメリ化が進行すると考えられた(Fig. 2)。

 水素原子供給源として、酵素活性部位に存在するアミノ酸のうち、水と交換可能な官能基を有するシステインやチロシンが候補として考えられたため、重水を用いて調製した緩衝液中で酵素反応を行い、ネオマイシンBへの重水素の取り込みを検証した。NeoN反応生成物であるネオマイシンBの1H- および 2H-NMR解析の結果、予想した通りエピメリ化する5”’位に重水素が特異的に取り込まれたことが分かった(Fig. 2中段)。すなわち、5”’位にラジカル種が生成し、それが水と交換可能なチオールや水酸基から水素を引き抜きエピメリ化が完結することが分かった。

 次に、ラジカル中間体への水素原子を供給するアミノ酸残基を特定すべく、部位特異的変異を導入して酵素反応を検討した。その結果、NeoNファミリーの酵素間で保存されている249番目のシステイン(C249)がエピメリ化反応における水素供給源となっていることが分かった。また、C249A変異体による酵素反応をEPRにより追跡した結果、C249A反応においてC5”’位に生じたと考えられるEPRシグナルを観測することができた。野生型酵素を用いたときは、エピメリ化反応が速くラジカル中間体を検出することができなかったが、C249A反応では、水素原子供給源が存在しないため(Fig. 2下段),結果的にC5”’位に生じたラジカル中間体を捕捉できたと考えられ、本反応がラジカル機構で進行することを証明できた。

 以上、ラジカルSAMエピメリ化酵素NeoNが、Fig. 3に示すようなラジカル機構で異性化反応を触媒することが明らかとなった。すなわちまず、SAMがNeoN活性部位中にある[4Fe-4S]1+クラスターに配位し、そこにネオマイシンCが入り込むことでSAMの還元的開裂、続いてネオマイシンCの5”’位の水素が引き抜かれ、ラジカル中間体が生じる。デオキシアデノシンとメチオニンとは反対側に位置すると推定されるC249のチオールが水素供給源となりエピメリ化反応が完結する。3つの生成物が酵素から放出され、酸化された鉄硫黄クラスターとC249が還元されて触媒反応が完結する。本研究における反応条件下では、過剰のジチオナイトが還元剤となり酵素が再生されたと考えている。生体内での還元機構の解明は今後の課題である。NeoNのような鉄硫黄クラスターを含有すると推定される機能未知の酵素がアミノグリコシド抗生物質の生合成遺伝子クラスターに複数コードされていることが分かっており、これらがアミノグリコシド抗生物質の構造多様性を拡げていると考えられる。

 

<カナマイシン生合成の最終段階>

 カナマイシンAは、類似の疑似三糖型アミノグリコシド抗生物質トブラマイシンやゲンタミシンと比較して2’位が水酸基となっている(Fig. 1)。この糖部位にはグルコサミンがよく取り込まれることが報告されており7、他の類似化合物と同様に、パロマミンやネアミンを経て生合成されることが予想された。すなわち、生合成過程においてグルコサミンに由来する2’位のアミノ基が水酸基へと変換される機構が存在すると考えられた。2’位にアミノ基を有するカナマイシンBが単離されているので、これがカナマイシンAへと変換されると仮定し、その反応を触媒する酵素を特定すべく研究を進めた。カナマイシン生合成遺伝子クラスターを、トブラマイシン、ゲンタミシン生合成遺伝子クラスターと比較すると、機能が明確になっていない非ヘム鉄含有 a-ケトグルタル酸(a-KG)依存酸化酵素KanJとNAD(P)+依存の酸化還元酵素KanKが特異的にコードされており、これらがカナマイシンの生合成における特徴的な反応、すなわち2’位のアミノ基を水酸基に変換する反応に関与すると推定した1

 カナマイシンBを基質としてKanJとKanKの反応に付した結果、a-KG、二価鉄、NADPHを添加した時にカナマイシンAが生成することが分かった(Fig. 4)。KanJとカナマイシンBの反応では基質は減少するものの、推定される酸化反応物を単離構造決定することはできなかった。そこで、NaBD4を添加してKanJ生成物を還元した結果、2’位が重水素化されたカナマイシンAとその2’位エピマーが生成した(Fig. 4)。このことから、KanJはカナマイシンBの2’位をケトンへと変換し、KanK がNADPHを還元剤として立体選択的に還元することでカナマイシンAが形成されることが明らかとなった8

 非ヘム鉄含有 a-KG依存酸化酵素は、Fig. 5-(A)に示すようにa-KGを、分子状酸素を用いて脱炭酸させてコハク酸と鉄オキソ錯体となることで酸化反応を触媒する。鉄オキソ錯体は、基質の不活性な部位の水素を引き抜き、ラジカル中間体を形成し、鉄原子上の水酸基と反応することで水酸化する経路が推定された。そのようにして生じたヘミアミナールは容易に加水分解され、2’-オキソカナマイシンに変換される。一方、鉄オキソ錯体が、2’位の窒素原子の非共有電子を引き抜き、窒素ラジカルを形成し、これを契機にイミン中間体となり、その後加水分解されて同じ中間体になる経路も考えられた。この反応機構を区別するために、KanJとKanKの反応を18O2雰囲気下で行い、18Oが取り込まれるかを検討した。その結果、生じた2’-オキソ体の反応溶液中の軽水との交換反応が競合したものの、明らかな18Oの取り込みが確認された(Fig. 5-(B))。また、KanJの反応にグルタミン酸脱水素酵素とNADHを添加し、a-KGと反応させ、還元的アミノ化反応によるグルタミン酸の生成を検出し、本反応でアンモニアが放出されることも確認した。

 すなわち、KanJは、カナマイシンBの2’位を、ラジカル活性化を契機に水酸化してヘミアミナールを形成し、ついでアンモニアが放出されることで2’-オキソカナマイシンが形成される。ついで、2’-オキソカナマイシンはNADH依存還元酵素KanKにより立体選択的に還元され、カナマイシンAが構築される機構が明らかとなった。

  

 以上、ネオマイシンとカナマイシンの生合成最終段階において、ラジカル活性化を契機とする修飾酵素反応が使われることが明らかとなった。ネオマイシンの場合、その抗菌活性はBの方がCよりも約10倍強いため、不活性部位の水素の引き抜きを引き金とするラジカル反応を用いてまでも修飾反応を行なっていると解釈することもできる。いずれにせよ、これらラジカル機構を利用する酵素により多様な構造が形成されることは多くの天然物生合成にも当てはまると考えられ、天然物化学研究において有意義な知見が得られたと考えている。

参考文献

(1) Kudo, F.; Eguchi, T. J. Antibiot. 2009, 62, 471.

(2) Flatt, P. M.; Mahmud, T. Nat. Prod. Rep. 2007, 24, 358.

(3) Llewellyn, N. M.; Spencer, J. B. Nat. Prod. Rep. 2006, 23, 864.

(4) Kudo, F.; Eguchi, T. Methods Enzymol. 2009, 459, 493.

(5) Kudo, F.; Kawashima, T.; Yokoyama, K.; Eguchi, T. J. Antibiot. 2009, 62, 643.

(6) 第51回天然有機化合物討論会(名古屋)2009, 51, 67.

(7) Kojima, M.; Yamada, Y.; Umezawa, H. Agric. Biol. Chem. 1968, 32, 467.

(8) Sucipto, H.; Kudo, F.; Eguchi, T. Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 3428.

 
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