天然有機化合物討論会講演要旨集
Online ISSN : 2433-1856
56
会議情報

数種の中国横断山脈産Ligularia雑種の化学成分
黒田 智明花井 亮清水 杏菜鈴木 結里香渡辺 静山田 ひろか永野 肇通 元夫岡本 育子齋藤 義紀河原 孝行Yu JiaojunGong Xun
著者情報
会議録・要旨集 フリー HTML

p. Poster3-

詳細
数種の中国横断山脈産Ligularia雑種の化学成分

中国横断山脈地域は世界的な植物種の宝庫として知られており,現在も進化・種分化が進行中であると言われている。我々は,本地域に生息するキク科Ligularia属植物を題材とし,化学成分および中立塩基配列を調べる行うことで、二次代謝産物の多様化の実態を調査している。これまでに、本討論会などにおいて、テルペン成分の多様性などを報告してきた1-3。その中で、Ligualria duciformisおよびその関連種(L. nelumbifoliaおよびL. kongkalingensis)の研究から、セスキテルペン生産が雑種形成によってもたらされていると推定した2,4。しかし、雑種形成の痕跡が認められたものの、Ligualria duciformis関連種とセスキテルペン生産種との雑種形成の証拠は得られなかった。

調査を進める中で、Figure 1に示す6か所において、形態的に雑種と思われる個体を発見する機会があった。そこで、それら個体の塩基配列およびテルペン成分の分析を行い、雑種形成と進化・分化に関する二、三の知見を得たので報告する。

Fig.1. Ligularia雑種試料の採集地。1=小雪山、2=天池、3=紅山、4=格薩拉、5=中甸、6=赤土。

【L. subspicataとL. nelumbiforiaの雑種】

中国雲南省香格里拉県北部にある小雪山にてL. subspicataとL. nelumbifoliaの中間的形態を有する4個体を発見した。この場所はL. nelumbifoliaが多く生育しており、L. subspicataが一部に見られた。そこで、雑種4試料(試料A-D)に加え、同所に生育するL. subspicataとL. nelumbifoliaも採集し、分析を行った5

まず、ITS領域のDNA解析では、4試料はいずれも両種間の雑種であることが明らかとなった。また、atpB-rbcL領域の解析から、いずれもL. subspicataが母親であることが判明した。

化学成分の分析では、L. subspicataのエタノール抽出液からsubspicatin A (2), ligularol (3),および化合物5を得た。化合物2はL. subspicataに特徴的な成分である。一方、L. nelumbifoliaからはnelmol (1)が得られるのみで、フラノエレモフィラン化合物は得られなかった。雑種では、サンプルBからは化合物1、2、およびtetradymol (4)が得られ、両親由来に成分がともに確認された。サンプルAは試料量が少ないためTLC分析のみとなったが、1および3の存在が認められた。サンプルC、Dからは2および3のみ得られ、L. nelumbifolia由来の成分は認められなかった。L. nelumbifoliaはフラノエレモフィラン生産種ではないため、雑種における化合物2-4の生産は明らかにL. subspicata由来である。

以上、L. subspicata由来の成分が4試料すべてで検出されたのに対し、L. nelumbifolia由来の成分は試料A、Bのみで検出された。これは雑種形成にも成分多様性があることを示している。横断山脈地域に生育するLigularia属の多くの種でフラノエレモフィラン生産が認められているが、戻し交配を繰り返すことでL. nelumbifoliaがフラノエレモフィラン生産種になる可能性もある。実際、生育地は異なるものの、調査でフラノエレモフィランを生産するL. nelumbifoliaが見つかっている6

【L. subspicataとL. cyathicepsの雑種】

雲南省香格里

(View PDFfor the rest of the abstract.)

中国横断山脈地域は世界的な植物種の宝庫として知られており,現在も進化・種分化が進行中であると言われている。我々は,本地域に生息するキク科Ligularia属植物を題材とし,化学成分および中立塩基配列を調べる行うことで、二次代謝産物の多様化の実態を調査している。これまでに、本討論会などにおいて、テルペン成分の多様性などを報告してきた1-3。その中で、Ligualria duciformisおよびその関連種(L. nelumbifoliaおよびL. kongkalingensis)の研究から、セスキテルペン生産が雑種形成によってもたらされていると推定した2,4。しかし、雑種形成の痕跡が認められたものの、Ligualria duciformis関連種とセスキテルペン生産種との雑種形成の証拠は得られなかった。

調査を進める中で、Figure 1に示す6か所において、形態的に雑種と思われる個体を発見する機会があった。そこで、それら個体の塩基配列およびテルペン成分の分析を行い、雑種形成と進化・分化に関する二、三の知見を得たので報告する。

Fig.1. Ligularia雑種試料の採集地。1=小雪山、2=天池、3=紅山、4=格薩拉、5=中甸、6=赤土。

L. subspicataL. nelumbiforiaの雑種】

中国雲南省香格里拉県北部にある小雪山にてL. subspicataL. nelumbifoliaの中間的形態を有する4個体を発見した。この場所はL. nelumbifoliaが多く生育しており、L. subspicataが一部に見られた。そこで、雑種4試料(試料A-D)に加え、同所に生育するL. subspicataL. nelumbifoliaも採集し、分析を行った5

まず、ITS領域のDNA解析では、4試料はいずれも両種間の雑種であることが明らかとなった。また、atpB-rbcL領域の解析から、いずれもL. subspicataが母親であることが判明した。

化学成分の分析では、L. subspicataのエタノール抽出液からsubspicatin A (2), ligularol (3),および化合物5を得た。化合物2L. subspicataに特徴的な成分である。一方、L. nelumbifoliaからはnelmol (1)が得られるのみで、フラノエレモフィラン化合物は得られなかった。雑種では、サンプルBからは化合物12、およびtetradymol (4)が得られ、両親由来に成分がともに確認された。サンプルAは試料量が少ないためTLC分析のみとなったが、1および3の存在が認められた。サンプルC、Dからは2および3のみ得られ、L. nelumbifolia由来の成分は認められなかった。L. nelumbifoliaはフラノエレモフィラン生産種ではないため、雑種における化合物24の生産は明らかにL. subspicata由来である。

以上、L. subspicata由来の成分が4試料すべてで検出されたのに対し、L. nelumbifolia由来の成分は試料A、Bのみで検出された。これは雑種形成にも成分多様性があることを示している。横断山脈地域に生育するLigularia属の多くの種でフラノエレモフィラン生産が認められているが、戻し交配を繰り返すことでL. nelumbifoliaがフラノエレモフィラン生産種になる可能性もある。実際、生育地は異なるものの、調査でフラノエレモフィランを生産するL. nelumbifoliaが見つかっている6

L. subspicataL. cyathicepsの雑種】

雲南省香格里拉県中部の山岳地帯にある天池という小さい湖の周辺でL. subspicataL. cyathicepsの雑種と思われる2試料(試料A、B)、L. subspicata(試料C)、L. lamarum(試料D)、L. cyathiceps(試料E)を各1試料採集した。これら3種は分類上互いに近縁で、以前の研究から、L. subspicataL. lamarumは区別できないが7L. cyathicepsとは明確に区別できることがわかっている8

ITS領域塩基配列の解析を行ったところ、試料B、DはL. subspicata(またはL. lamarum)とL. cyathicepsとの雑種であることが明らかとなった。興味深いことに、試料AはL. cyathicepsと同じ配列であった。試料C、EはそれぞれL. subspicataL. cyathicepsであった。

次に化学成分分析を行った。試料Aからは2-10を含む13の化合物が得られた。このうち、8L. cyathicepsの特徴成分、subspicatins A (2), B (9), C (10)はL. subspicataの特徴成分である。試料BではL. cyathiceps系の成分6, 8が単離されたのみであったが、TLC上のエールリッヒ試験でピンク色に発色する成分の存在が確認されたことから、L. subspicata由来の成分も少量ながら含まれていると考えられる。試料C、Dは、LCMS分析の結果、両者の成分構成は同じであることが示され、試料CからはL. subspicata系の化合物2, 3, 9などが得られた。試料Eからは化合物8をはじめとする9-オキソフラノエレモフィラン類に加え、cacalol (11)などL. cyathiceps系の化合物が得られた。

以上より、試料A、B、Dは雑種と判定した。試料AはL. subspicata由来の成分が多く得られたものの、塩基配列ではL. cyathicepsであり、戻し交配が起こっている中でL. subspicata成分が生き残ってきた可能性が考えられる。今回の結果は特定の種の成分が他種に浸透する過程を示しているとも考えられる。

L. vellereaのつくる雑種】

L. vellereaは雲南省香格里拉県を中心に分布するフラノエレモフィラン生産種である。今回、同県内紅山地区および四川省塩辺県格薩拉地区にて2試料を採集した。両試料は形態的にはいずれもL. vellereaと判別できたが、ITS領域塩基配列の解析の結果、前者はL. cyathiceps、後者はL. kanaitzeisnsとのそれぞれ雑種であることが判明した。成分分析の結果、紅山産の試料からは3および12-15が、格薩拉産試料からは16-19がそれぞれ得られた。これらの化合物はそれぞれの地におけるL. vellereaの特徴成分であり9、交雑相手の試料に特徴的な成分は検出されなかった。これは、交雑過程を経てもL. vellereaの持つフラノエレモフィラン生産能が維持されていることを示している。

L. tongolensisL. cymbuliferaの雑種】

雲南省香格里拉県中甸地区および四川省稲城県赤土地区にてL. tongolensisL. cymbuliferaの中間的形態を有する3個体を発見した(中甸地区1個体、赤土地区2個体)。参照試料として、それぞれの地区にて同時に生育していたL. tongolensisおよびL. cymbuliferaも採集し、雑種試料とともに分析を行った。

まずITS領域の塩基配列の解析を行った。その結果、雑種3試料はいずれも雑種個体と推定された。

次に成分分析を行い、化合物20-24を得た。両種は分類上互いに近く、15位の酸化されたフラノエレモフィランを産することも共通している。しかし、L. cymbuliferaではtetradymol (20)を主成分として産するが、L. tongolensisは産しない10。一方、23L. tongolensisの特徴成分である。化合物21は両種の共通成分であり、今回調査した全試料から単離された。L. cymbuliferaの特徴成分(20および22)は3つの雑種個体のいずれからも単離されたが、L. tongolensisの特徴成分23は中甸産雑種からのみ単離された。生態的に優位と考えられるL. cymbuliferaの成分が調査した雑種試料すべてから得られたことは興味深い。

謝辞

現地調査においては、胡国文氏(昆明植物研)をはじめとして非常に多くの方々のお世話になりました。厚く御礼申し上げます。

文献

1 齋藤,高島,鎌田,岡本,黒田,花井,河原,龔,通,第54回天然有機化合物討論会(2012年,東京).

2 永野,花井,山田,松嶋,三浦,藤原,大貫,廣田,齋藤,通,大崎,龔,黒田,第53回天然有機化合物討論会(2011年,大阪).

3 C. Kuroda, R. Hanai, H. Nagano, M. Tori, X. Gong, Nat. Prod. Commun. 2012, 7, 539-548.

4 H. Nagano, R. Hanai, H. Yamada, M. Matsushima, Y. Miura, T. Hoya, M. Ozawa, M. Fujiwara, H. Kodama, A. Torihata, H. Onuki, Y. Nezu, S. Kawai, M. Yamazaki, H. Hirota, Y. Saito, M. Tori, A. Ohsaki, X. Gong, C. Kuroda, Chem. Biodiv. 2012, 9, 789-805.

5 R. Hanai, H. Yamada, Y. Suzuki, H. Nagano, T. Kawahara, J.-J. Yu, X. Gong, C. Kuroda, Nat. Prod. Commun. 2012, 7, 1565-1568.

6 H. Hirota, Y. Horiguchi, S. Kawaii, R. Hanai, X. Gong, C. Kuroda, Nat. Prod. Commun. 2014, 9, 325-327.

7 Y. Saito, M. Hattori, Y. Iwamoto, Y. Takashima, K. Mihara, Y. Sasaki, M. Fujiwara, M. Sakaoku, A. Shimizu, X. Chao, C. Kuroda, X. Gong, R. Hanai, M. Tori, Tetrahedron 2011, 67, 2220-2231.

8 H. Nagano, A. Torihata, M. Matsushima, R. Hanai, Y. Saito, M. Baba, Y. Tanio, Y. Okamoto, Y. Takashima, M. Ichihara, X. Gong, C. Kuroda, M. Tori, Helv. Chim. Acta 2009, 92, 2071-2081.

9 M. Tori, H. Nakamizo, K. Mihara, M. Sato, Y. Okamoto, K. Nakashima, M. Tanaka, Y. Saito, M. Sono, X. Gong, Y. Shen, R. Hanai, C. Kuroda, Phytochemistry 2008, 69, 1158-1165.

10 R. Hanai, X. Gong, M. Tori, S. Kondo, K. Otose, Y. Okamoto, T. Nishihama, A. Murota, Y. Shen, S. Wu, C. Kuroda, Bull. Chem. Soc. Jpn. 2005, 78, 1302-1308.

 
© 2014 天然有機化合物討論会電子化委員会
feedback
Top