天然有機化合物討論会講演要旨集
Online ISSN : 2433-1856
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リボソーム標的薬剤耐性糸状菌が生産する休眠型新規二次代謝物の探索
山本 崇史森下 陽平網谷 雄志塚田 健人浅井 禎吾大島 吉輝
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p. Oral15-

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リボソーム標的薬剤耐性糸状菌が生産する休眠型新規二次代謝物の探索

 糸状菌は、数十もの二次代謝物生産に関わる遺伝子クラスターを有している。しかし、これらの多くは通常の培養条件下では休眠しており、それらがコードする二次代謝物は明らかになっていない。当研究室では、「糸状菌の休眠遺伝子からの新規天然物探索」を行うなかで、ゲノム情報を必要としない、天然物探索に広く利用可能な二次代謝活性化法の確立を目指している。第53−55回本討論会において、ヒストン脱アセチル化酵素 (HDAC) 阻害剤を用いたケミカルエピジェネティクスの手法を報告した。しかし、本法でも休眠遺伝子を十分には活用しきれてはいない。

 放線菌などの細菌では、リボソームを標的とする抗生物質(ストレプトマイシンなど)やRNAポリメラーゼ阻害剤(リファンピシンなど)に対する薬剤耐性変異を導入することで休眠型二次代謝物の生産を活性化する方法「リボゾーム工学」1が、越智幸三博士らによって確立され、有用物質の効率的生産や新規物質探索に活用されている。我々は、この概念を真核生物である糸状菌へと応用し、汎用性の高い二次代謝活性化法の確立を目指して研究を行っている。本研究によって、真核生物のリボソーム標的薬剤であるハイグロマイシンB (HygB) の耐性株が、休眠型二次代謝物の取得に有効であることを見出した。

1. HygB耐性株の取得と二次代謝物生産能の評価

図1. 本研究の概略

 胞子に変異原である1-メチル-3-ニトロ-1-ニトロソグアニジン(MNNG) を用いてランダムに突然変異を導入して、HygB耐性株の作成を試みた。まず、胞子形成能の高いAspergillus属やEupenicillium属菌のうち、HygB 500 mg/ml以下で感受性を示す菌を検討した。変異原処理の条件と選抜時のHygB濃度を検討することにより、ほとんどの菌で耐性株を取得することができた。さらに、耐性株を取得できた菌では、いずれも二次代謝が活性化した株を効率良く見出すことができた。また、十分に胞子を形成した昆虫寄生糸状菌Sporothrix pallidaでも同様に二次代謝活性型のHygB耐性株が取得でき、適応範囲の広さが示された。しかし、糸状菌の多くは胞子を十分に形成させることが難しい。そこで、菌糸体を用いてHygB耐性株が取得できるか検討した。先の検討事項に加え、MNNGと反応させる菌糸の調製法を検討した結果、数種の菌でHygB耐性株が得られ、それらは二次代謝が活性化していた。変異原処理では一般的に複数の変異が導入されてしまう。なお、昆虫寄生糸状菌Orbiocrella petchiiの菌糸から変異原処理なしでもHygB耐性株が得られ、変異原処理で取得した耐性株と同じように二次代謝が活性化していた。このことは、HygB耐性に関わる変異が二次代謝活性化に寄与している可能性を示唆している。

 HygB耐性株で二次代謝が顕著に活性化した例を図2に示す。このように、本法が、二次代謝活性型糸状菌を得るのに効果的な方法であることが示された。

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 糸状菌は、数十もの二次代謝物生産に関わる遺伝子クラスターを有している。しかし、これらの多くは通常の培養条件下では休眠しており、それらがコードする二次代謝物は明らかになっていない。当研究室では、「糸状菌の休眠遺伝子からの新規天然物探索」を行うなかで、ゲノム情報を必要としない、天然物探索に広く利用可能な二次代謝活性化法の確立を目指している。第53−55回本討論会において、ヒストン脱アセチル化酵素 (HDAC) 阻害剤を用いたケミカルエピジェネティクスの手法を報告した。しかし、本法でも休眠遺伝子を十分には活用しきれてはいない。

 放線菌などの細菌では、リボソームを標的とする抗生物質(ストレプトマイシンなど)やRNAポリメラーゼ阻害剤(リファンピシンなど)に対する薬剤耐性変異を導入することで休眠型二次代謝物の生産を活性化する方法「リボゾーム工学」1が、越智幸三博士らによって確立され、有用物質の効率的生産や新規物質探索に活用されている。我々は、この概念を真核生物である糸状菌へと応用し、汎用性の高い二次代謝活性化法の確立を目指して研究を行っている。本研究によって、真核生物のリボソーム標的薬剤であるハイグロマイシンB (HygB) の耐性株が、休眠型二次代謝物の取得に有効であることを見出した。

1. HygB耐性株の取得と二次代謝物生産能の評価

図1. 本研究の概略

 胞子に変異原である1-メチル-3-ニトロ-1-ニトロソグアニジン(MNNG) を用いてランダムに突然変異を導入して、HygB耐性株の作成を試みた。まず、胞子形成能の高いAspergillus属やEupenicillium属菌のうち、HygB 500 mg/ml以下で感受性を示す菌を検討した。変異原処理の条件と選抜時のHygB濃度を検討することにより、ほとんどの菌で耐性株を取得することができた。さらに、耐性株を取得できた菌では、いずれも二次代謝が活性化した株を効率良く見出すことができた。また、十分に胞子を形成した昆虫寄生糸状菌Sporothrix pallidaでも同様に二次代謝活性型のHygB耐性株が取得でき、適応範囲の広さが示された。しかし、糸状菌の多くは胞子を十分に形成させることが難しい。そこで、菌糸体を用いてHygB耐性株が取得できるか検討した。先の検討事項に加え、MNNGと反応させる菌糸の調製法を検討した結果、数種の菌でHygB耐性株が得られ、それらは二次代謝が活性化していた。変異原処理では一般的に複数の変異が導入されてしまう。なお、昆虫寄生糸状菌Orbiocrella petchiiの菌糸から変異原処理なしでもHygB耐性株が得られ、変異原処理で取得した耐性株と同じように二次代謝が活性化していた。このことは、HygB耐性に関わる変異が二次代謝活性化に寄与している可能性を示唆している。

 HygB耐性株で二次代謝が顕著に活性化した例を図2に示す。このように、本法が、二次代謝活性型糸状菌を得るのに効果的な方法であることが示された。

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図2. HygB耐性株 (MT) と野生株 (WT) の二次代謝プロファイルの比較

2リボソーム標的薬剤耐性株からの新規休眠型二次代謝物の取得

(1) Chaetomium indicum

図3. C. indicum HygB耐性株 (MT) と野生株 (WT) (左)、二次代謝プロファイルの比較 (右)

 ホモジナイズしたChaetomium indicumの菌糸をMNNG 0.05 mg/mlで30分反応させ、HygB 50 mg/mlの培地で選抜することで耐性株を取得した (図3)。合わせて30以上の耐性株を取得し、それぞれ培養したところ、8割程度の株が類似の二次代謝プロファイルを示し、野生株では見られない二次代謝物を生産していた (図3)。HygB耐性株の二次代謝プロファイルの詳細を調べるため、培養液中の成分をHPLC分析により経時的に追跡した。その結果、保持時間10分付近の化合物の生産が培養初期にのみ確認され、培養経過にともない8分および12分付近の化合物の蓄積が観察された。耐性株を大量培養し、それぞれのピークに対応する二次代謝物の同定を行い、新規芳香族ポリケタイド13を同定した。いずれもO-プレニル化された芳香族ポリケタイド類であり、3はユニークな5環式構造を有していた (図4)。

図4. C. indicumが生産するポリケタイド類:HygB耐性株由来 (左)、

ケミカルエピジェネティクスにより誘導される化合物 (右)

 当研究室では、HDAC阻害剤を用いてC. indicumからchaetophenol類を取得している (図4)2。化合物13が、それらと生合成的にどのような関係にあるのかを調べるため、13C標識化合物の取り込み実験を行った (図4)。野生株 (HDAC阻害剤+)とHygB耐性株を[1,2-13C]-、[2-13C]-acetate存在下で培養し、chaetophenol B

図5. Chaetophenol B と213C標識パターンと推定生合成経路

2をそれぞれ取得した。その結果、13Cの標識パターンから、いずれもアセチルCoAをスターターとして3分子のマロニルCoAの縮合と2回のメチル化過程を含む非還元型ポリケタイド合成酵素 (NR-PKS) に生合成される骨格であることが示唆された。また、chaetophenol 類でみられる脱炭酸過程が、13への経路では起きていないことがわかった。C. indicumのドラフトゲノム解析により、メチル基転位を触媒するドメインを有するNR-PKS遺伝子は、pksCH-13の三つのみであることがわかった。それぞれをAspergillus oryzaeで異種発現させたところ、pksCH-2は化合物4pksCH-3は3,5-ジメチルオルセリン酸を与えた。一方、pksCH-1を発現させた株では何も生産されなかった。これらの結果から、chaetophenol類と化合物13は、共通の中間体4を経由して生産されることが示唆された。また、1は自発的に2へ変換することもわかった。さらに二量化と酸化修飾を経て3へと変換されることが予想された。HygB耐性株では、野生株と同じ脱炭酸を経る経路に加え、休眠型の代謝経路が働くことで、新規二次代謝物が生産された。

 次いで、代謝変化とHygB耐性化の関連を検索した。すなわち、変異原処理後、HygBなどの薬剤を添加しない培地で生えてきた株と、HygBと同じアミノグリコシド系G-418の耐性株を取得した。薬剤無添加で取得したコロニーをランダムに20個ピックアップしたところ、これらはいずれも野生株と同じ二次代謝プロファイルを示し、また、HygB耐性は示さなかった。一方、G-418耐性株はHygB耐性株と同じ二次代謝プロファイルを示した。G-418はHygBと同じ作用機序もつことを考慮すると、リボソーム標的薬剤への耐性化が代謝変化に寄与している可能性が考えられる。さらに、リボソームを標的とするものの、HygBと標的部位が異なるシクロヘキシミドに加え、エルゴステロール合成阻害剤であるミコナゾールや酸化ストレスであるH2O2耐性株を作成し、現在それぞれの二次代謝プロファイルを解析している。また、次世代シーケンス解析によるHygB耐性株の変異位置の特定も試みている。

(2) Cordyceps indigotica

 昆虫寄生糸状菌C. indigoticaの胞子をMNNG 0.2 mg/ml で30分反応させ、HygB 200 mg/ml含有培地を用いて耐  

性株を取得した。得られた耐性株は胞子形成能が低下していた。得られた耐性株のうち約半分で、野生株では見られない新規ナフトール誘導体5の生産が誘導されていた (図6)。さらにその生産量はHDAC阻害剤であるSBHA添加により増大し、ケミカルエピジェネティクスとの併用効果を示す結果となった。

3. まとめ

 本研究では、バクテリアにおけるリボゾーム工学の概念に基づき、真核生物に有効なリボソーム標的薬であるHygB耐性糸状菌を作成し、それらの二次代謝能を評価した。その結果、様々な菌において、本スキームで作成したHygB耐性株から効率良く休眠型二次代謝物を生産する株を取得できることを初めて示した。また、数種の菌から新規二次代謝物を取得し、天然物探索において有効であることを示した。二次代謝活性型耐性株が取得できた他の菌についても新規物質の探索を進めている。現在、菌糸からの耐性株の取得の条件の最適化や適応範囲を拡大することで、天然物探索に汎用できる方法の確立を目指している。

 HygBは、真核および原核生物の両方に作用し、原核生物においてはリボゾーム工学で代表的な抗生物質であるストレプトマイシンと同じ標的部位に作用することが知られている。また、C. indicumではG-418耐性株とHygB耐性株が同じ代謝変化を示したことから、リボゾーム工学様の効果が期待される。さらに、O. petchiiでは、変異原なしでも耐性株を取得できたことから、二次代謝の活性化が、変異原処理により複数入るランダムな変異に由来するのではなく、耐性化と関わっている可能性が考えられる。最近、真核生物では有効ではないアミノグリコシド系抗生物質であるネオマイシンやゲンタマイシンの超高濃度溶液で胞子を処理し、生き残った耐性株から新規二次代謝物の取得の報告例がある3,4。それについても詳細な機構は明らかではないが、二次代謝活性化のメカニズムについて詳細に解析を進めていくことで、真核生物におけるリボソームの新たな機能が明らかになることが期待される。

参考文献

1) Ochi, K., Okamoto, S., Tozawa, Y., Inaoka, T., Hosaka, T., Xu, J., Kurosawa, K. Adv. Appl. Microbiol. 2004, 56, 155-184.

2) Asai, T., Yamamoto, T., Shirata, N., Taniguchi, T., Monde, K., Fujii, I., Gomi, K., Oshima, Y. Org. Lett. 2013, 15, 3346-3349.

3) Chai, Y-J., Cui, C-B., Li, C-W., Wu, C-J., Tian, C-K., Hua, W. Mar. Drugs 2012, 10, 559-582.

4) Dong, Y., Cui, C-B., Li, C-W., Hua, W., Wu, C-J., Zhu, T-J., Gu, Q-Q. Mar. Drugs 2014, 12, 4326-4352.

 
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