天然有機化合物討論会講演要旨集
Online ISSN : 2433-1856
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放線菌由来新規アンドロゲン受容体アンタゴニストAntarlide類の単離・構造決定及び生物活性
齋藤 駿藤巻 貴宏田代 悦五十嵐 康弘井本 正哉
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p. Oral16-

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放線菌由来新規アンドロゲン受容体アンタゴニストAntarlide類の単離・構造決定及び生物活性

【概要】

 近年本邦において急増しているがんの一つに前立腺がんがある。前立腺がんは、男性ホルモン(アンドロゲン)がアンドロゲン受容体(以下AR)に結合することで悪性化することから、これらの結合を阻害するARアンタゴニストが治療薬の一つとして用いられている。しかし、現在臨床で用いられている第一世代のARアンタゴニストは、長期投与により耐性を示す変異体ARの出現が問題視されてきた1) 2)。さらに近年、これらの耐性を克服する第二世代のARアンタゴニストが登場したが3)、既に耐性を示す変異体ARが報告されている4)5)。この耐性が獲得される原因の一つとして、既存のARアンタゴニストの化学構造の類似性が考えられている(Figure 1)。このことから、既存のARアンタゴニストとは異なる構造を有する化合物は、新しい前立腺がん治療薬シードになり得ると考えられる。そこで我々は、構造多様性に富んだ化合物を多数生産する放線菌ライブラリーから新規ARアンタゴニストの探索を行なった。その結果、既存のARアンタゴニストの骨格とは異なる新規化合物Antarlide A-Eを取得することに成功した。本大会では、Antarlide類の単離・構造決定及び生物活性について報告する。

Figure 1. 既存のARアンタゴニスト製剤の化学構造

【方法と結果】

1. スクリーニング/Antarlide A-Eの単離精製

 ARのリガンド結合部位であるC末端タンパク質とDHT(アンドロゲン)の結合阻害活性を指標としてARアンタゴニストの探索を行なった。その結果、Streptomyces sp. BB47の培養液中に目的の活性を見出した。本活性物質の精製過程で光に対して非常に不安定であることが分かったため、精製までの過程は全て遮光条件下で行なった。BB47株の10L培養液を等量の酢酸エチルで抽出し、得られた抽出物をヘキサン/90%メタノールで分配した後、90%メタノール層をさらに酢酸エチル/水(pH 10)で分配した。次に、酢酸エチル層を遠心液々分配クロマトグラフィー及び高速液体クロマトグラフィーで精製し、新規化合物Antarlide A (1, 55.2 mg), B (2, 13.8 mg), C (3, 17.7 mg), D (4, 13.8 mg), E (5, 4.6 mg)を単離した。

2. Antarlide類の平面構造決定

 Antarlide類は薄黄色油状物質として得られ、ESIマススペクトルにより、いずれの類縁体も同一の分子式C33H44O6を持つことが分かった。続いて、各種NMRスペクトルの解析を行い、Antarlide類が22員環マクロライド構造を有する新規化合物であることを明らかにした。さらに、Antarlide類が有する二重結合の幾何異性を結合定数とNOESYスペクトルにより解析したところ、これらは互いに幾何異性体であることが判明した(Figure 2)。

Figure 2. Antarlide類の平面構造

3. Antarlide類の絶対立体構造決定

 次に、Antarlide類の中で最も生産性の高いAntarlide A(1)の絶対立体配置の決定を試みた。前述のようにAntarlide類は光に対して不安定であり、その原因として環構造の歪みが考えられた。そこで、21位のラクトン環をメタノリシスにより開環し、直鎖状のメチルエステル(6)へと誘導した(Figure 3)。

Figure 3. Methanolysis of

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【概要】

 近年本邦において急増しているがんの一つに前立腺がんがある。前立腺がんは、男性ホルモン(アンドロゲン)がアンドロゲン受容体(以下AR)に結合することで悪性化することから、これらの結合を阻害するARアンタゴニストが治療薬の一つとして用いられている。しかし、現在臨床で用いられている第一世代のARアンタゴニストは、長期投与により耐性を示す変異体ARの出現が問題視されてきた1) 2)。さらに近年、これらの耐性を克服する第二世代のARアンタゴニストが登場したが3)、既に耐性を示す変異体ARが報告されている4)5)。この耐性が獲得される原因の一つとして、既存のARアンタゴニストの化学構造の類似性が考えられている(Figure 1)。このことから、既存のARアンタゴニストとは異なる構造を有する化合物は、新しい前立腺がん治療薬シードになり得ると考えられる。そこで我々は、構造多様性に富んだ化合物を多数生産する放線菌ライブラリーから新規ARアンタゴニストの探索を行なった。その結果、既存のARアンタゴニストの骨格とは異なる新規化合物Antarlide A-Eを取得することに成功した。本大会では、Antarlide類の単離・構造決定及び生物活性について報告する。

Figure 1. 既存のARアンタゴニスト製剤の化学構造

【方法と結果】

. スクリーニング/Antarlide A-Eの単離精製

 ARのリガンド結合部位であるC末端タンパク質とDHT(アンドロゲン)の結合阻害活性を指標としてARアンタゴニストの探索を行なった。その結果、Streptomyces sp. BB47の培養液中に目的の活性を見出した。本活性物質の精製過程で光に対して非常に不安定であることが分かったため、精製までの過程は全て遮光条件下で行なった。BB47株の10L培養液を等量の酢酸エチルで抽出し、得られた抽出物をヘキサン/90%メタノールで分配した後、90%メタノール層をさらに酢酸エチル/水(pH 10)で分配した。次に、酢酸エチル層を遠心液々分配クロマトグラフィー及び高速液体クロマトグラフィーで精製し、新規化合物Antarlide A (1, 55.2 mg), B (2, 13.8 mg), C (3, 17.7 mg), D (4, 13.8 mg), E (5, 4.6 mg)を単離した。

. Antarlide類の平面構造決定

 Antarlide類は薄黄色油状物質として得られ、ESIマススペクトルにより、いずれの類縁体も同一の分子式C33H44O6を持つことが分かった。続いて、各種NMRスペクトルの解析を行い、Antarlide類が22員環マクロライド構造を有する新規化合物であることを明らかにした。さらに、Antarlide類が有する二重結合の幾何異性を結合定数とNOESYスペクトルにより解析したところ、これらは互いに幾何異性体であることが判明した(Figure 2)。

Figure 2. Antarlide類の平面構造

. Antarlide類の絶対立体構造決定

 次に、Antarlide類の中で最も生産性の高いAntarlide A(1)の絶対立体配置の決定を試みた。前述のようにAntarlide類は光に対して不安定であり、その原因として環構造の歪みが考えられた。そこで、21位のラクトン環をメタノリシスにより開環し、直鎖状のメチルエステル(6)へと誘導した(Figure 3)。

Figure 3. Methanolysis of Antarlide A(1) to yield ester 6

 まず、6に対してTrost法を適用することで、全ての水酸基にMPAを導入した(R),(S)-MPAエステル(7a,7b)を合成した。そして、R体とS体のケミカルシフトの変化[ Δδ = δ(R)(S) ]を算出し、11,19位をS,Sと決定した(Figure 4)。しかし、21位と23位はΔδ値から絶対立体配置を決定することは困難であった。

Figure 4. ΔδR-S values for the Trost esters 7a/7b (7a:R = (R)-MPA, 7b:R = (S)-MPA)

 そこで、6の19位と21位、21位と23位の1,3ジオールをアセトナイドへと誘導し21位と23位の絶対立体配置を決定することにした。21位と23位のアセトナイドは取得できなかったが、19位と21位のアセトナイド(8)は取得することができ、19位と21位がsynであることを確認した(Figure 5)。以上より、21位をSと決定した。

  

Figure 5. Acetonide 8 illustrating 13C NMR chemical shifts of Acetonide methyl carbons

 続いて、1の21位から23位までの相対立体配置をJBCA(J-based configuration analysis)法及びNOESYスペクトルにより解析した。その結果、Figure 6に示した結合定数及びNOE相関が観測された。以上より、22,23位をR ,Rと決定した。

Figure 6. Rotamers for C22-C23 of 1(a), C21-C22 of 1 (b)

 最後に、16位の絶対立体配置の決定を行なった。6のアセチル化体に対し酸化分解反応を行い10を得た。続いて、10に対してPGME法を適用し、16位にPGMEを導入した(S)-PGME, (R)-PGMEアミド(11a,11b)を合成した。そして、S体、R体のケミカルシフトの変化[ Δδ =δ(S)(R) ]を算出し、16位はRと決定した(Figure 7)。

Figure 7. ΔδS-Rvalues for the PGME amide 11a/11b(11a:R=(S)-PGME, 11b:R=(R)-PGME)

 以上より、Antarlide Aの絶対立体構造をFigure 8のように決定した。

Figure 8. Antarlide Aの絶対立体構造

3. Antarlide類の光異性化

 先に述べたようにAntarlide類は光により異性化が進行し互いに変換し合うことから、これらAntarlide類は全て同様の絶対立体構造であることが推察される。そこで、各Antarlideに2時間光を照射し、HPLCにより異性化の進行を定量化した。その結果、Antarlide類は他のAntarlide類へと異性化することが分かった(Figure 9)。このことから、BB47株が生産する物質はAntarlide Aであり、それが培養液中で異性化する可能性があると考えられる。

Figure 9. Antarlide類の光異性化

. Antarlide類の生物活性

4-1. Antarlide類のAR-DHT結合阻害活性評価

 これらAntarlide類のin vitroにおけるAR-DHT結合阻害活性を評価した。その結果、既存薬の一つであるFlutamideはIC50 = 38 μMであるのに対し、Antarlide類はそれよりも強い活性を有していることが分かった(Table 1)。一方、ARと同じ核内受容体スーパーファミリーに属するERαとそのリガンドEstradiolの結合は阻害しなかった。このことから、Antarlide類はAR特異的に結合することが分かった。

 Table 1. AR-DHT/ER-Estradiol 結合阻害活性(IC50)

4-2. Antarlide類の細胞内ARアンタゴニスト活性評価

 次に、Antarlide類が細胞レベルでもARアンタゴニスト活性を示すかどうか評価した。第3項の結果から、Antarlide類の中でもAntarlide Bが比較的安定性が高いことが分かったため本化合物を用いることにした。その結果、Antarlide Bは前立腺がん細胞LNCaPにおいて、(a)DHTにより誘導されるマーカー遺伝子PSA mRNAの発現 (b)DHT依存的な細胞増殖をそれぞれIC50 値 0.18, 0.31 μMで阻害した(Figure 10)。FlutamideのIC50 値はそれぞれ2.3, 1.1 μMであり、それよりも強い活性を有していることが分かった。このことから、Antarlide Bは細胞レベルでARアンタゴニスト活性を示すことが分かった。

Figure 10. (a)PSA mRNAの発現量 (b)アンドロゲン依存的な細胞増殖に与える影響

4-3. Antarlide類の耐性克服活性評価

 続いて、既存のARアンタゴニスト耐性を克服できるか評価した。まず既存のARアンタゴニストに耐性を示す変異AR遺伝子を作成した(Flutamide耐性変異(T877A), Bicalutamide耐性変異(W741C), Enzalutamide耐性変異(F876L)。次に、ヒト胎児腎細胞HEK293Tに野生型ARもしくは上記変異AR遺伝子発現plasmid及びreporter plasmidを発現させ、reporter assayにより既存のARアンタゴニスト耐性克服活性を評価した。その結果、Antarlide Bは第一世代のARアンタゴニスト耐性克服活性だけでなく、第二世代のARアンタゴニスト耐性に対しても克服活性を示した(Figure 11)。

Figure 11. 耐性克服活性

【総括】

 今回我々は、in vitroにおけるAR-DHT結合阻害活性を指標として放線菌ライブラリーよりスクリーニングを行い、既存のARアンタゴニストとは化学構造の異なる新規ARアンタゴニストAntarlide類を単離し構造を決定した。また、これらは光により互いに異性化が進行する幾何異性体であることが分かった。さらに、Antarlide Bは既存薬に対する耐性克服活性を示したことから、有望な第3世代の治療薬シードになり得る可能性を秘めている。

【参考文献】

1) Ozers, MS.; Marks, BD.; Gowda, K.; Kupcho, KR.; Ervin, KM.; De Rosier, T.; Qadir, N.; Eliason, HC.; Riddle, SM.; Shekhani, MS. Biochemistry 2007, 46, 3

2) Yoshida, T.; Kinoshita, H.; Segawa, T.; Nakamura, E.; Inoue, T.; Shimizu, Y.; Kamoto, T.; Ogawa, O. Cancer Res. 2005, 65, 21

3) Tran, C.; Ouk, S.; Clegg, NJ.; Chen, Y.; Watson, PA.; Arora, V.; Wongvipat, J.; Smith-Jones, PM.; Yoo, D.; Kwon, A.; Wasielewska, T.; Welsbie, D.; Chen, CD.; Higano, CS.; Beer, TM.; Hung, DT.; Scher, HI.; Jung, ME.; Sawyers, CL.; Science 2009, 324, 5928

4) Korpal, M.; Korn, JM.; Gao, X.; Rakiec, DP.; Ruddy, DA.; Doshi, S.; Yuan, J.; Kovats, SG.; Kim, S.; Cooke, VG.; Monahan, JE.; Stegmeier, F.; Roberts, TM.; Sellers, WR.; Zhou, W.; Zhu, P. Cancer Discov. 2013, 3, 9

5) Azad, AA.; Volik, SV.; Wyatt, AW.; Haegert, A.; Le Bihan, S.; Bell, RH.; Anderson, SA.; McConeghy, B.; Shukin, R.; Bazov, J.; Youngren, J.; Paris, P.; Thomas, G.; Small, EJ.; Wang, Y.; Gleave, ME.; Collins, CC.; Chi, KN. Clin. Cancer Res. 2015, 21, 10

 
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