天然有機化合物討論会講演要旨集
Online ISSN : 2433-1856
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Spectomycin A1 全立体異性体の合成とSUMO化阻害活性
野村 勇作Frederic Thuaud関根 大介平井 剛前田 里子伊藤 昭博市川 聡松田 彰吉田 稔袖岡 幹子
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p. Oral24-

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Spectomycin A1 全立体異性体の合成とSUMO化阻害活性

【研究背景】

タンパク質SUMO(Small Ubiquitin-like MOdifier)化は、細胞周期調節などの多様な細胞現象に関与するタンパク質翻訳後修飾である。近年、SUMO化と様々な疾病との関連が示唆されているが、その詳細は明らかになっていない。このことからSUMO化阻害剤は、有用なSUMO化研究ツールとなるだけでなく、創薬研究のリード化合物としても利用可能と期待される。このような背景の中、ごく最近2量体構造を有するspectomycin B1(SMB1、Figure 1A)が、SUMO活性化酵素E2に結合しSUMO化を阻害することが見出された1)。SMB1は、1994年に抗菌物質として単離された天然物であり、この時単量体型のSMA1、SMA2も同定されている2)。これら単量体は抗菌活性を示さないが、SUMO化阻害活性の有無については明らかになっていない。そこで今回我々は、SMB1の構造活性相関研究の一環として、SMA1の合成法を確立し、そのSUMO化阻害能を明らかにすることを計画した。この際、4、5位の可能な立体異性体全てを合成し、それらの阻害活性と未決定であった天然物の相対・絶対立体化学も明らかにしようと考えた。合成上のポイントは、芳香環化しやすいC環β-ヒドロキシテトラロン構造と、4位に存在し芳香環と共役していないβ-メトキシアクリレート構造を如何に構築するかにある。また、我々は3-4位結合間に軸不斉があり、H-4とOMe基の2面角が180 °になるP体と0 °になるM体が存在すると予想した(Figure 1B)。DFT計算によってP体が安定と見積もられたが、合成中間体では異性化し、回転異性体間で異なる反応性を示す可能性が考えられた。

Figure 1. A)Spectomycin類の構造;B)(4S5S)-SMA1の3-4位間の軸不斉

【合成戦略】

今回我々は、全ての立体異性体を効率的に得るため、1つの共通中間体からlate-stageでそれぞれの異性体に導ける合成法を立案した。SMA1に必要な全炭素と置換基を有する1を共通中間体として設定し、これを4-5位間の結合形成反応によって環化し、2のすべての立体異性体を得ようと考えた。環化反応は、π-アリルパラジウム種の極性転換反応を利用することを考え、この時同時にE体のβ-メトキシアクリレート構造を構築することを計画した。7位には5位ケトンが存在しても脱離しにくいシリル基を導入し、環化後に短工程でβ-ヒドロキシケトンに導くとした。

Scheme 1. SMA1全立体異性体の合成計画

【共通中間体の合成】

m-アニスアルデヒド(3)から、Snyderらの報告3)に従って調製したナフタレン誘導体4のエステルを還元した後、塩基性条件下、フェノール性水酸基のオルト位選択的にヨウ素化4)して5に導いた。2つの水酸基をMOM基で保護した6をDDQ酸化し、アルデヒド7を合成した。これをDBU存在下、ホスホニウム塩8 5)と処理し、Z選択的にα-メトキシ不飽和エステル9へ変換した。生じたエステルを還元した後、MVKとのMizoroki-Heck反応により3炭素増炭し、エノン体10を得た。これとヘキサメチルジシラン、MeLi、およびCuIより調製した(Me3Si)2CuLiを処理すると、7位へシリル基導入が円滑に進行し11を得た6)。アリルアルコールを酸化し、12に変換した後、M

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【研究背景】

タンパク質SUMO(Small Ubiquitin-like MOdifier)化は、細胞周期調節などの多様な細胞現象に関与するタンパク質翻訳後修飾である。近年、SUMO化と様々な疾病との関連が示唆されているが、その詳細は明らかになっていない。このことからSUMO化阻害剤は、有用なSUMO化研究ツールとなるだけでなく、創薬研究のリード化合物としても利用可能と期待される。このような背景の中、ごく最近2量体構造を有するspectomycin B1(SMB1、Figure 1A)が、SUMO活性化酵素E2に結合しSUMO化を阻害することが見出された1)。SMB1は、1994年に抗菌物質として単離された天然物であり、この時単量体型のSMA1、SMA2も同定されている2)。これら単量体は抗菌活性を示さないが、SUMO化阻害活性の有無については明らかになっていない。そこで今回我々は、SMB1の構造活性相関研究の一環として、SMA1の合成法を確立し、そのSUMO化阻害能を明らかにすることを計画した。この際、4、5位の可能な立体異性体全てを合成し、それらの阻害活性と未決定であった天然物の相対・絶対立体化学も明らかにしようと考えた。合成上のポイントは、芳香環化しやすいC環β-ヒドロキシテトラロン構造と、4位に存在し芳香環と共役していないβ-メトキシアクリレート構造を如何に構築するかにある。また、我々は3-4位結合間に軸不斉があり、H-4とOMe基の2面角が180 °になるP体と0 °になるM体が存在すると予想した(Figure 1B)。DFT計算によってP体が安定と見積もられたが、合成中間体では異性化し、回転異性体間で異なる反応性を示す可能性が考えられた。

Figure 1. A)Spectomycin類の構造;B)(4S5S)-SMA1の3-4位間の軸不斉

【合成戦略】

今回我々は、全ての立体異性体を効率的に得るため、1つの共通中間体からlate-stageでそれぞれの異性体に導ける合成法を立案した。SMA1に必要な全炭素と置換基を有する1を共通中間体として設定し、これを4-5位間の結合形成反応によって環化し、2のすべての立体異性体を得ようと考えた。環化反応は、π-アリルパラジウム種の極性転換反応を利用することを考え、この時同時にE体のβ-メトキシアクリレート構造を構築することを計画した。7位には5位ケトンが存在しても脱離しにくいシリル基を導入し、環化後に短工程でβ-ヒドロキシケトンに導くとした。

Scheme 1. SMA1全立体異性体の合成計画

【共通中間体の合成】

m-アニスアルデヒド(3)から、Snyderらの報告3)に従って調製したナフタレン誘導体4のエステルを還元した後、塩基性条件下、フェノール性水酸基のオルト位選択的にヨウ素化4)して5に導いた。2つの水酸基をMOM基で保護した6をDDQ酸化し、アルデヒド7を合成した。これをDBU存在下、ホスホニウム塩8 5)と処理し、Z選択的にα-メトキシ不飽和エステル9へ変換した。生じたエステルを還元した後、MVKとのMizoroki-Heck反応により3炭素増炭し、エノン体10を得た。これとヘキサメチルジシラン、MeLi、およびCuIより調製した(Me3Si)2CuLiを処理すると、7位へシリル基導入が円滑に進行し11を得た6)。アリルアルコールを酸化し、12に変換した後、Mander試薬でシアノカーボネート化し、共通中間体13を合成した7)

Scheme 2. ニトリルを有する共通中間体の調製

【ニトリル体の還元的環化反応】

Pd(PPh3)4を触媒として用い、アリルカーボネート13の還元的環化反応を検討した(Scheme 3A)。本反応でE体のアクリロニトリル誘導体のみが生成すると仮定すると、4種の立体異性体が生じる可能性がある。まずSmI2を還元剤8)として用いると、期待通り環化反応が進行し、14ASのみを収率30%で与えた。他の異性体が生成することを期待し、本系にHMPA(2当量)を添加したところ、一挙に3種(14AA14SA14AS)の異性体を得ることができた(総収率57%)。一方、InIを還元剤9)とすると、立体選択性が大きく変化し、14ASに加え14SSが生成することを見出した。これにより、4種の異性体全てを得ることが可能になった。しかし予想に反し、ニトリルからカルボン酸への変換が困難であった(Scheme 3B)。14SSをDIBAL還元しアルデヒド15へと導いた後、種々酸化反応を検討したが、ラクトン16を低収率で与えるのみであった。15の3-4位結合回転が容易であり、不安定と予想したM体からのヘミアセタールおよびラクトン形成が進行したと考えている。立体的に込み入ったラクトン16の加水分解も困難であり、TMSONa10)を用いた場合、E2脱離によってジエン17に変換された。

Scheme 3. A) ニトリル体を用いた還元的環化反応;B) カルボン酸への変換

【エステル体の還元的環化反応】

そこでラクトン形成の主原因と考えられるアルデヒド体15を経ないよう、予めカルボン酸誘導体を有する共通中間体2021を新たに設定し、環化とβ-メトキシアクリレート構築を同時に達成しようと考えた(Scheme 4A)。アルデヒド12を、2,4-ジメトキシベンジルアルコール(もしくはMeOH)存在下、MAC試薬18と処理すると、1炭素増炭反応が効率的に進行し、エステル19を得た11)。2級水酸基のTBS基をメトキシカルボニル基に変換し、2021へと導いた。

先の検討結果に従い、メチルエステル20をPd(PPh3)4とSmI2で処理ところ、反応は進行したものの、望むエステル22ではなく、ラクトン23を与えた(Scheme 4B)。本結果は、環化反応後最初に生成するのがM体であり、安定なP体へと異性化する前にサマリウムアルコキシドの付加によって23が生成したことを示唆している。一方InIを用いる条件では、環化が全く進行しなかった。このことから、ラクトン23を与えない新たな環化反応条件を見出す必要があると考えた。

Scheme 4. A) 共通中間体2021の調製;B) メチルエステル20の環化反応

【B2pin2を還元剤として用いる環化反応】

種々検討した結果、20をPd触媒とB2pin212)と処理すると、ラクトン体を全く与えず、β-メトキシアクリレート24SS24ASが生成することを見出した(Scheme 5)。本条件は、嵩高いDMBエステル体21の環化反応にも適用可能であった。さらに種々検討し、最終的に21のそれぞれのジアステレオマーから、24SS24ASを立体特異的に与える環化反応条件を確立することに成功した。さらに、中間体をHPLCで光学分割し、24SS24ASを全て光学活性体として調製した。

Scheme 5. B2pin2を還元剤として用いる2021の環化反応

【SMA1全立体異性体の合成】

残る課題はβ-ヒドロキシケトンの構築であった(Scheme 6)。当初シリル基の酸化による7位への水酸基導入を検討したが、全く目的物を与えなかった。そこで、ベンジル位シリル基が芳香環の酸化電位を低下させる13)ことに着目し、直接酸化を計画した。その結果、24SSをDDQで処理14)するとDMB基の除去と同時にBC環部の官能基を一挙に整えることができ、(+)-(4S5S)-SMA1、(-)-(4R5R)-SMA1の全合成を達成した。本異性体の1H-NMR、13C-NMRスペクトルは報告値と良い一致を示した。さらに、ジアステレオマー (+)-(4S5R)-SMA1、(-)-(4R5S)-SMA1は24ASのDMB基を先に除去した後、DDQ処理することで合成することができた。本異性体のスペクトルは、報告値と一致しなかった。このことから、天然物のSMA1は4S5S体もしくは4R5R体と結論づけた。SMA2の旋光度の値から、4R5R体がSMA1であると考えられる。

以上我々は、SMA1全立体異性体を得る方法論を確立した。本会では、合成の詳細に加えSMA2合成への展開、およびこれら異性体のSUMO化阻害活性試験の結果について報告する。

Scheme 6. SMA1全立体異性体の合成

【謝辞】

本研究をご支援いただいた越野広雪博士(理研、NMR)および橋爪大輔博士(理研、X線結晶構造解析)に深謝いたします。また本研究は、新学術領域研究「天然物ケミカルバイオロジー」、および理化学研究所大学院生リサーチ・アソシエイト制度の助成を受けて遂行されたものである。

【参考文献】

1. Hirohama, M.; Kumar, A.; Fukuda, I.; Matsuoka, S.; Igarashi, Y.; Saitoh, H.; Takagi, M.; Shin-ya, K.; Honda, K.; Kondoh, Y.; Saito, T.; Nakao, Y.; Osada, H.; Zhang, K. Y. J.; Yoshida, M.; Ito, A. ACS Chem. Biol. 2013, 8, 2635.

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12. a) Ishiyama, T.; Ahiko, T.; Miyaura, N. Tetrahedron Lett. 1996, 37, 6889; b) Zhao, T. S. N.; Yang, Y.; Lessing, T.; Szabo, K. J. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 7563.

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14. Ghatak, A.; Dorsey, J. M.; Garner, C. M.; Pinney, K. G. Tetrahedron Lett. 2003, 44, 4145.

 
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