天然有機化合物討論会講演要旨集
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鳥類の卵殻から胚へのカルシウム移動に関する化学的研究
伊藤 卓濱野 真理子加藤 優久保 亜紀子末松 誠中田 雅也犀川 陽子
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p. Oral35-

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鳥類の卵殻から胚へのカルシウム移動に関する化学的研究

 鳥類の卵は、その表面が約97%の炭酸カルシウムと約3%の有機物からなる卵殻で覆われている。卵殻は、胚(雛)が成長して孵化するのに必要なカルシウムの約80%を供給し、主に骨形成に利用される1)。その際のカルシウム移動のメカニズムの解明を目的として研究を行った。これまでに、ラットにおいて卵殻食群の骨密度は炭酸カルシウム食群に比べて有意に増大することや2)、人工容器を用いたニワトリの体外培養において、卵殻をカルシウム源として用いた際に、炭酸カルシウムを用いた場合に比べて胚の生存率が上昇する3)という報告があることから、卵殻中にカルシウム移動に関与する化合物が存在すると推測し、その探索を行った。

【石灰化阻害活性を指標とした化合物の探索】

カルシウムに作用する化合物を探索する方法として石灰化阻害試験4)を採用した。石灰化阻害活性は、炭酸カルシウムが生成する条件下に、注目する試料を共存させ、その際に析出する炭酸カルシウムの量を反応溶液の濁度として測定し評価するものである。溶液中のカルシウムイオンや析出した炭酸カルシウムと積極的に作用する物質があれば、濁度の低下を指標として検出できると考えた。

【走査型電子顕微鏡による卵殻の観察】

 まず、サイズが大きく観察が容易なダチョウの卵殻を、走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察した(図1、2)。次亜塩素酸ナトリウムにより卵殻膜などの表面の有機物を除去した卵殻を乳頭層内面から観察したところ、胚成長および骨形成が十分に進行した後の卵殻では無数の突起状の構造にくぼみが生じるように溶解している様子が見られた。そこで、その溶解の見られた部分に存在する化合物に注目して探索を行った。

          

【ダチョウ卵殻からの抽出・精製】

 SEMによる卵殻の観察において溶解の見られた部分に存在する化合物を調べるために、酸性水溶液を用いてダチョウの卵殻内面からの抽出を行った。すなわち、卵の上部に穴を開け、卵黄や卵白などの内容物を除いた後、開けた穴から10%酢酸水溶液を流し込み、卵殻内部を満たして1時間攪拌した。残った卵殻内面をSEMで観察すると乳頭層の突起部分までが完全に溶解したことがわかった。得られた抽出液中のカルシウムイオンは、陽イオン交換クロマトグラフィーにより除去した(スキーム1)。こ

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 鳥類の卵は、その表面が約97%の炭酸カルシウムと約3%の有機物からなる卵殻で覆われている。卵殻は、胚(雛)が成長して孵化するのに必要なカルシウムの約80%を供給し、主に骨形成に利用される1)。その際のカルシウム移動のメカニズムの解明を目的として研究を行った。これまでに、ラットにおいて卵殻食群の骨密度は炭酸カルシウム食群に比べて有意に増大することや2)、人工容器を用いたニワトリの体外培養において、卵殻をカルシウム源として用いた際に、炭酸カルシウムを用いた場合に比べて胚の生存率が上昇する3)という報告があることから、卵殻中にカルシウム移動に関与する化合物が存在すると推測し、その探索を行った。

【石灰化阻害活性を指標とした化合物の探索】

カルシウムに作用する化合物を探索する方法として石灰化阻害試験4)を採用した。石灰化阻害活性は、炭酸カルシウムが生成する条件下に、注目する試料を共存させ、その際に析出する炭酸カルシウムの量を反応溶液の濁度として測定し評価するものである。溶液中のカルシウムイオンや析出した炭酸カルシウムと積極的に作用する物質があれば、濁度の低下を指標として検出できると考えた。

【走査型電子顕微鏡による卵殻の観察】

 まず、サイズが大きく観察が容易なダチョウの卵殻を、走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察した(図1、2)。次亜塩素酸ナトリウムにより卵殻膜などの表面の有機物を除去した卵殻を乳頭層内面から観察したところ、胚成長および骨形成が十分に進行した後の卵殻では無数の突起状の構造にくぼみが生じるように溶解している様子が見られた。そこで、その溶解の見られた部分に存在する化合物に注目して探索を行った。

          

【ダチョウ卵殻からの抽出・精製】

 SEMによる卵殻の観察において溶解の見られた部分に存在する化合物を調べるために、酸性水溶液を用いてダチョウの卵殻内面からの抽出を行った。すなわち、卵の上部に穴を開け、卵黄や卵白などの内容物を除いた後、開けた穴から10%酢酸水溶液を流し込み、卵殻内部を満たして1時間攪拌した。残った卵殻内面をSEMで観察すると乳頭層の突起部分までが完全に溶解したことがわかった。得られた抽出液中のカルシウムイオンは、陽イオン交換クロマトグラフィーにより除去した(スキーム1)。この際の非吸着画分に石灰化阻害活性が見られたため、次に陰イオン交換クロマトグラフィーを行ったところ、吸着画分に活性がみられた。その後、ゲルろ過および陰イオン交換クロマトグラフィーを繰り返して精製し、卵殻中の成分としてクエン酸、乳酸、リン酸、D-myo-イノシトール 4,5-二リン酸(Ins(4,5)P2)の4種の化合物を同定した。これらのうち、リン酸とIns(4,5)P2に活性がみられた(図3)。Ins(4,5)P2の構造は合成文献データとの一致により確認した5)。Ins(4,5)P2は、これまでにIns(1,4,5)P3の代謝産物や6)、イノシトールリン脂質からのアーティファクト7)として、いずれもリン酸エステル混合物の1成分として得られているが、今回ダチョウ卵殻からのリン酸エステルとしてはIns(4,5)P2のみが得られた。

【同定した物質の機能解析:非晶質炭酸カルシウムの誘起】

 活性試験後の反応溶液の様子を観察すると、活性画分ではコントロールとは異なり、析出した炭酸カルシウムが溶液内で沈降せずに浮遊するという特徴的な現象がみられた(図4)。その浮遊物をデジタル顕微鏡にて観察したところ、リン酸やIns(4,5)P2が共存した場合、析出する炭酸カルシウムが菱面体の結晶から丸みを帯びた形状へと変化していた(図5)。

    

そこで、浮遊物を取り出して粉末X線回折法(XRD)による測定を行った結果、リン酸共存の場合ではカルサイト結晶の存在を示す回折ピークが減衰し、Ins(4,5)P2共存の場合ではピークが完全に消失していた。これは非晶質炭酸カルシウムの生成が誘起されていることを示している。このような非晶質炭酸カルシウムの生成はフィチン酸(InsP6)などのリン酸エステルによって誘起されることが知られている8)。特に、アメリカザリガニの脱皮の際のカルシウム移動に、ホスホエノールピルビン酸と3-ホスホグリセリン酸によって生成した非晶質炭酸カルシウムが利用されていることが報告されている9)。そこで、卵殻の場合も特に溶解しやすいところに非晶質の環境をつくり出しているのかを調べるために定量を試みた。

【Ins(4,5)P2の卵殻中の局在】

 同定した各成分のダチョウ卵殻内の分布を調べるため、10%酢酸水溶液により卵殻内部を満たして1時間攪拌する抽出操作を2回繰り返して行うことで卵殻内側の層を段階的に溶解させ、それぞれの抽出液中の成分に対して1H NMRスペクトルによる定量を行った。定量は、抽出液中のカルシウムイオンを除去したスキーム1のFr. A-1に相当する画分に対して行った。また、骨形成前後の卵殻についても定量することで、胚成長に伴う各成分の変化を調べた。その結果、1回目と2回目の抽出液中の成分量の比較から、乳酸、Ins(4,5)P2、リン酸は、1回目の時点で大部分が抽出されていることがわかった(図6)。また、骨形成前後の卵殻で比較すると、Ins(4,5)P2と乳酸は骨形成後の卵殻の成分量は有意に減少していた。以上より、Ins(4,5)P2は、卵殻内側に局在し、骨形成に伴い減少することを見出した。

また、ダチョウ卵殻から作製した切片に対してMALDI-TOF MSイメージングを行ったところ、Ins(4,5)P2が卵殻内面に局在することが可視化できた(図7)。一方、骨形成後のものでは局在したIns(4,5)P2の分布はみられず、検出自体ほとんどできなかった。以上よりIns(4,5)P2が卵殻内側の最表面に局在していることが明らかとなった。

そこで次に、実際に卵殻内側の最表面が非晶質の炭酸カルシウムとなっているかを調べることにした。表面付近を削り出した卵殻粉末のXRDでは卵殻内側と外側の違いはみられず、全てカルサイトであった。しかし、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて詳細に測定したところ、図8の下半分のような結晶を表す格子状の構造と共に、上半分のようにまだら模様が特徴的な非晶質の構造がみられた。これはIns(4,5)P2が局在する領域と同じ内側最表面であり、卵殻内側最表面の領域において一部が実際に非晶質となっていることがわかった。以上より、Ins(4,5)P2の作用により非晶質からなる卵殻が部分的に生成されることによって、ダチョウの胚成長の段階で卵殻カルシウムの溶解が容易となるという卵殻内側の仕組みが実証できた。

【ニワトリ卵殻からの抽出・精製】

 Ins(4,5)P2が鳥類の卵殻に普遍的に存在するかを調べるため、31P NMRスペクトルによるリン化合物の検出を指標に、ニワトリの卵殻中のリン酸エステルの探索を行った。ダチョウの卵殻と同様に卵殻の内側のみを酢酸で溶解させ、陽イオン交換クロマトグラフィーによりカルシウムイオンの除去を行った。その後、リン酸エステルのカルシウム塩が水に難溶であることを利用し、カルシウム塩として沈殿させることで精製を行った。NMRスペクトルの解析から、ニワトリの卵殻中には複数のリン酸エステルが存在することがわかり、合成品との比較により主成分はmyo-イノシトール 1,4,5,6-四リン酸(Ins(1,4,5,6)P4)であると構造決定した10)(図9)。このことから、鳥類の種によって異なるイノシトールリン酸類が含まれるという興味深い知見を得た。

謝辞

 本研究を行うにあたり、ダチョウの中止卵を提供くださいました笹尾昌氏、矢口宗平氏(常南グリーンシステムダチョウ王国)に感謝申し上げます。また、炭酸カルシウム晶系についての助言を賜りました今井宏明博士、緒明佑哉博士(慶應義塾大学理工学部)に御礼申し上げます。本研究は科学研究費挑戦的萌芽研究の支援を受けて行いました。ここに深く感謝いたします。

文献

1) Johnston, P. M.; Comar, C. L. Am. J. Physiol. 1955, 183, 365–370. 

2) Omi, N.; Ezawa, I. J. Home Econ. Jpn. 1998,49, 277–282.

3) Fujita, Y.; Takahashi, S.; Nasu, A.; Shimoi, G.; Kameyama, Y.; Hashizume, R.; Ito, M. J. Agric. Sci., Tokyo Univ. Agric. 2007, 52, 115–119.

4) Wheeler, A. P.; George, J. W.; Evans, C. A. Science 1981, 212, 1397–1398.

5) Podeschwa, M. A. L.; Plettenburg, O.; Altenbach, H. –J. Eur. J. Org. Chem. 2005, 3101–3115.

6) Van Lookeren Campagne, M. M.; Erneux, C.; Van Eijk, R.; Van Haastert, P. J. M. Biochem. J. 1988, 254, 343-350.

7) Grado, C.; Ballou, C. E. J. Biol. Chem. 1961, 236, 54–60.

8) Xu, A. W.; Yu, Q.; Dong, W. F.; Antonietti, M.; Colfen, H. Adv. Mater. 2005, 17, 2217–2221.

9) Sato, A.; Nagasaka, S.; Furihata, K.; Nagata, S.; Arai, I.; Saruwatari, K.; Kogure, T.; Sakuda, S.; Nagasawa, H. Nat. Chem. Biol. 2011, 7, 197–199.

10) Johnson, L. F; Tate, M. E.; Can. J. Chem. 1969, 47, 63–73.

 
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