集団の空間的流動性は,おもに移動性の高い狩猟採集社会で確認されてきたが,移動性の程度と集団の空間的流動性の程度の関係が必ずしも明確ではなかった。本研究では,定住性が高いアイヌを事例に,定住性の程度と流動性の程度の関係を分析した。1856∼1869年の東蝦夷地三石場所におけるアイヌの27集落を対象として集落の存続期間を求めた結果,最低1年間,最高14年間,平均4.4年間であった。全期間中に消滅した集落は18,新たに形成された集落は14,そして14年間ずっと存続し続けた集落は3であった。分裂の流動性が高い集落(S<0.82)および結合の流動性が高い集落(J<0.79)は,いずれも集落の存続期間の長さには関わりなく多くみられた。このように,集落の空間的流動性の程度は集落の存続期間の長さとは関係しなかった。消滅した集落の分裂の流動性は存続し続けた集落よりも低く,新たに形成された集落の結合の流動性も存続し続けた集落よりも流動性が高いという傾向はとくに認められなかった。この結果は,アイヌのように移動性の低い狩猟採集社会だけでなく,移動性の高い狩猟採集社会においても,移動性の程度と流動性の程度はあまり関係がなかったことを示唆する。