季刊地理学
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研究ノート
出店者の動向と経験からみた「行田はちまんマルシェ」の意義
佐藤 寛輝張 思遠本多 一貴佐藤 颯哉吉田 国光
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2023 年 75 巻 1 号 p. 3-15

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要旨

本稿は,埼玉県行田市で毎週日曜日に開催されている「行田はちまんマルシェ」を事例にマルシェという空間の利用が,出店者の経済活動や日常生活にいかなる役割を果たしているのかを明らかにした。マルシェへ農作物や飲食物,工芸品などを出品する出店者が,各人の生産活動もしくは日常生活のなかで,マルシェでの直売という行為をどのように位置づけながら利用し,出店者にとっていかなる経験を生み出しているのかを分析した。そして,マルシェという空間の利用を通じて得られた経験,もしくはマルシェでの直売活動によって他所で得られた経験が生産者の経済活動や日常生活にいかなる役割を果たすのかを考察した。その結果,マルシェ自体は出店者にとって経済的機能を期待する空間とはなっていなかったが,出店者の出店を通じて様々なスケールで得た経験が常設店舗や他所の出店先での経済活動には直接的,間接的にポジティブに作用していた。この作用は経済規模として小さいものの,出店者のマルシェでの活動を媒介して中心市街地を超えた行田市という広い範囲に及んでいた。マルシェは開催を主導した自治体からみると商品を販売するイベントであった。他方,マルシェという空間を主に利用する出店者にとっては市場的価値を期待するものではなく,出店者のマルシェで得た経験は出店者が行田市各所で経済活動を展開させる際にポジティブに作用するものであった。

Abstract

This article examines the case of the Gyoda Hachiman Marche, held every Sunday in Gyoda City in Saitama Prefecture, to understand the significance of the marche. By analysing how the vendors of the marche, who sell their crops, food, and drink, or handicrafts, position the act of selling within their respective productive activities or everyday lives, how they use the marche, and what kind of experiences the marche creates for them, we consider what kind of role is played for the vendors by the experiences obtained from directly connecting to consumers at the marche.

The results show that the marche itself has not become a place where the vendors expect to function economically. However, the marche does provide positive direct and indirect effects on the economic activity at the vendors’ permanent locations or other sales locations. Although the economic scope of this effect is small, it extends beyond only the city centre to the wider area of Gyoda City. The role that the marche fulfils cannot be measured by only the economic effects generated in the space of the marche itself.

Furthermore, the experiences that give rise to these positive effects are based on relationships between subjects that spread over various scales. The relationships between the vendors produced by the space of the marche make the marche a place to meet with others face to face, and relationships with customers who visit the marche from both inside and outside of Gyoda City contribute to the establishment of the marche as a place where vendors can obtain favourable assessments of their merchandise, such as the crops the vendors have grown themselves. Moreover, at the individual scale, the marche is a place where one can really feel a sense of regional contribution to the local area of Gyoda City and, particularly for those who have left the area due to employment or marriage, a place that functions to maintain one’s ties to Gyoda City. Furthermore, for the elderly, selling their wares at the marche is an ‘enjoyable’ activity, providing the marche with significance regarding personal welfare as this ‘enjoyable’ feeling spreads into their personal lives. The marche as a place that is ‘enjoyable’ can be said to influence its participants’ economic activity and everyday lives that take place in a space larger than the marche itself.

I. はじめに

これまでの人文地理学や農業経済学,農業経営学などの隣接分野において,生産者による直売という行為は経済活動を前提として検討される傾向にあった(大原, 2012; 菊地・田林, 2016; 大石, 2019)。主な研究課題は,生産者の直売活動を,農産物の高価格販売や売上の向上などの経済的指標から各生産者の経済活動や産地を特徴付ける農業の形態の検討であった。このうち人文地理学において,経済活動を前提とした研究方法が採用されてきた要因の一つとして,定期市研究に関する蓄積の厚さが挙げられる。人文地理学においては定期市や生産者による直売活動は,生産者と消費者の分離という都市的機能の萌芽,都市-農村関係の接点を探る中で歴史地理学や途上国を研究対象として多くの研究が蓄積されてきた(岡村, 1992; 石原・溝口, 2006; 渡邉, 2009など)。現代の先進国の直売活動を取り上げた事例研究でも,農林水産物をめぐる生産者の直売は経済活動として捉えられてきた(村田, 1995; 韓, 2000; 宮地, 2001; 2007; 横山・櫻井, 2009; 林・呉羽, 2010; 全, 2015; 前田, 2019など)。

他方,市場経済システムの浸透する現代の農業生産活動においては,主業農家が流通から販売までの作業を担う直売は経済的合理性の欠ける行為である。経済活動の活性化は資本循環のペースを上げることで達成されるが,直売のように生産者が専門外の流通業務などを担う直売は追加業務と在庫リスクを負う行為である(池田, 2021)。また直売で生産者は販売業務まで担う朝市や日曜市などの定期市に常時出荷できるわけではない。定期市での直売は,1週あたり約5日で出荷できる市場出荷に比べて,必要とする業務量に比して効率の悪い出荷方法ともいえる。農作物を定期市に出店する生産者は必ずしも所得向上を目的として出店していない状況もみられる(小島ほか, 2015; 中村, 2016)。また工芸品の生産者となる直売も,出店者は定期市などでの直売を主たる生計の手段と位置付けているとは考えにくい。

こうした実態が看取できるにもかかわらず,生産者による直売については,生産者の収益性向上や,農業継続に果たす役割など経済活動の一部として捉えられる傾向にあった。生産者が定期市をどのように利用しながら直売という行為を展開させ,自身の経済活動や社会生活にいかに位置付けてきたのかは注目されてこなかった。

定期市は生産者によっていかに利用される空間なのだろうか。定期市という空間をめぐる研究はまだ発展途上であり,現地報告や学会発表にとどまる(二村, 2010a; 2010b; 2013)。英語圏を対象とした研究では,ライソン(2012)Futamura(2007)のようにファーマーズマーケットの意義について論じられるものの,グローバルに展開するフードチェーンに対するローカルフードへの回帰を目指した社会実践として捉えられる傾向にある。

日本においては農産物の直売を消費者運動や生産者の社会運動の枠内で捉えることには違和感がある。確かにオルタナティブな社会実践として捉えるべき事例も看取できるが(河本, 2005; 光武, 2009; 岩橋, 2021),それは直売にかかわる実践の全容ではない。日本の朝市などで現地観察したり,出店者へ聞き取り調査を実施すると,出店者の多くは高齢者で,販売している様子は売上向上を目指しているというより,その空間にいること自体が「楽しみ」という発言に遭遇する1)。日本において農産物の直売という行為や直売活動の展開する空間となる朝市などを,これまでの経済活動やローカルフード運動のような社会実践として捉えるだけでは,定期市の意義や生産者らの行為を矮小化してしまう可能性もある。

しかしながら,これまでの人文地理学では,定期市を経済活動や社会実践の枠組み以外で捉える視点は提供されてこなかった。定期市に限らず「楽しみ」のような収益性のみで説明できない要素を含む個人の行為や営みは,社会学や民俗学,文化人類学などで検討されてきている(塚原, 2008; 田村, 2009; 細谷, 2016)。これらの研究では,収益性のみで説明できない要素は,個人もしくは集団のありようを説明する手段に用いられており,分析対象を共有する人文地理学からの研究蓄積も必要と考えられる。

また,出店者の多くが高齢者であることを鑑みると,高齢化の進む現代日本の課題を考える際にも寄与しうる。生産者による直売ではないものの,高齢者による行商と行商利用を取り上げた伊藤(2015)では,販売行為自体を経済原理に基付くサービスとして理解するよりも,供給者と受益者双方の働きかけによって成り立つ社会的相互行為であると指摘している。一見すると経済活動として捉えられる販売行為も非経済的側面から検討することの必要性を示唆している。先行研究において,行政主導で定期的に開かれてきた直売のイベントも定期市研究の系譜からか経済的指標で捉えられてきた。これらのことから,現代における直売という行為をこれまでの経済的指標に加えて,所得向上とは異なる観点から検討する意義もあると考えられる。

そこで本稿は,埼玉県行田市で毎週日曜日に開催されている「行田はちまんマルシェ(以下,マルシェ)」を事例に,マルシェという空間の利用が,生産者でもある出店者の他所での経済活動の継続や日常生活にいかなる役割を果たしているのかを明らかにする。この目的を達成するために,マルシェへ農作物や飲食物,工芸品などを出品する出店者が,各人の生産活動もしくは日常生活のなかで,直売という行為をどのように位置づけ,マルシェをどのように利用してきたのか,さらに出店者がいかなる経験を得る空間となっているのかを分析する。

なお生産者とは,一般的に経済的利益を得るために商品を生産する者を指すが,本稿では主たる経済活動として生産活動を展開させていない「趣味の延長」としてマルシェへ出店する者も含めることとする。先述の通り,これまで生産者による直売は,行政主導で開かれたイベントや直売所で自家消費用の農作物の余剰分を販売するようなものであっても経済活動として捉えられる傾向にあった。しかし実態としては,マルシェのような定期市に出店する生産者は必ずしも所得向上を目的として出店していない状況もみられる(中村, 2016)。定期市は市場的価値の観点からみると「取るに足らない」もしくはその他と括られがちな空間である。しかし,定期市という空間で活動する出店者の大半が「趣味の延長」としての出店である事例もみられるためである。

研究の手順としては,まずIIで行田市農政課への聞き取り調査からマルシェの概要,とくにマルシェを始めた経緯,行田市による支援,実施状況について示す。IIIで出店者への聞き取り調査から,出店者の業態や出店形態について分析する。Ⅳでは,「これまでの出店を通じて最も印象に残った経験やエピソード,言葉」という質問に対する応答を,個人的なもの,出店者間の関係,客との関係の各段階に分けて分析する。Vで,マルシェという空間の利用を通じて,出店者の他所での経済活動の継続や日常生活にいかなる役割を果たしているのかを明らかにする。なお,事実関係に関する記述について,特段の注記のない限り,聞き取り調査に基づいたものである。出店者への聞き取り調査は2022年7月の朝市開催時に16件の出店者へ,行田市農政課への聞き取り調査は,2022年5月26日に実施した。「現在」とは調査時点を指すこととする。なお,本稿の課題を検討する上では,輪島市の朝市など古くから経済活動の空間として利用されてきたものより,「趣味の延長」としての出店者の割合が高くなると予想される比較的新しく規模の小さな定期市が望ましい。この点について,本研究対象は比較的新しい取り組みであるが,取り組みとして10年以上継続しており,本稿の課題を検討する上で多様な分析材料を提供してくれると考えられる。

II. 「行田はちまんマルシェ」の概要

マルシェは,2010年に行田市の主導によって開始された「行田軽トラ朝市(以下,軽トラ朝市)」に端を発する。行田市は「地産地消の推進と食の安全」の求められる社会的風潮のなか,農業者自身が農産物を消費者に直接販売できることを期待して同年7月に朝市の事業を開始した。軽トラ朝市の開始当初は毎月第3日曜日に月に1回の頻度で開催されていた。当日朝に収穫された新鮮な野菜の販売が目指されたことから,当初の開催時間は午前8時から11時までであった。開催地については,人の往来が期待できる市内循環バスターミナル西側の芝生広場とされた(第1図)。

開始当初には,出張開催やイベントを実施していたものの集客を増加させ続けることはできなかった。こうしたなか,行田市は軽トラ朝市をさらに発展させることと,中心市街地の活性化を目指し,2020年より参加業種を工芸品や飲食店へ拡大させてマルシェへと発展的に継承させた。これを契機に,開催地は市内外からの来訪者の多い行田八幡神社の近くに立地する保育園の駐車場へと移動された。開催時間は午前9時から12時と1時間後ろ倒しされ,毎週開催されるようになった。

2022年6月現在の出店料は,対面販売の場合で当日売上の5%,行田市が運営する事務局による委託販売の場合で売上の10%で,他のイベントなどの出店料を参考に設定された。かつては出店時の占有スペースに応じて,1店舗(全タープ)で10%,半タープで5%とされていたが,システムが複雑で混乱を招いたことと,出店スペースの競合もないことから対面販売で5%,委託販売で10%に統一された。まれに出店希望者が多い時には,全タープ希望者であっても半タープでの出店を事務局からお願いすることもある。その他に,発電機による電源が1回あたり500円で貸し出されている。

徴収された手数料は,マルシェの会場を提供する社会福祉法人や客用駐車場の貸出者への謝礼や,消耗品などの購入に使用されている。出店者数については,マルシェへの移行当初は,農作物と飲食物,工芸品・その他の出店者を合わせて20~29件で推移していた(第2図)。COVID-19の流行による中断を経て,2022年7月現在ではおおむね20件未満で推移しており,出店希望者の超過による出店調整は行われていない。朝市開催時の店舗配置は事務局側で調整している。新規出店者の拡大について,朝市開始当時は市役所から打診することもあったが,現在の出店者の大半は自ら出店を希望してきたものである。なお行田市中心市街地の活性化という開催趣旨から,出店者は行田市内で事業展開していたり,市内居住者に限定されている。

来場者数は最大でも520人で,2022年は150~300人で推移している(第3図)。来場者数は減少傾向にあるが,八幡通りに訪れる観光客数に左右される。とくに,行田八幡神社祭り,花手水ウィークや他のイベント時に,来場者数はイベントのない時に比べて増加する傾向にある。出店希望者を増やすための取り組みとして,行田市役所ウェブサイトやチラシによる募集を中心としている。その他に,職員が直売所へ出荷している農家に出店を直接打診したこともあった。出店希望者は出店するために登録が必要となるが,一度登録すると半永久的に継続され,長期間出店していなかった場合には,行田市農政課へ電話などで連絡すれば再開できる。毎月の出店希望調査票は,直近3か月に出店した出店者のみに郵送している。出店時の商品の種類や量は出店者に一任している。出店者には,マルシェの開催に向けたテント設置などの準備作業や後片付けが義務付けられている。開催当日は午前7時30分にマルシェ開催地に集合し,事務局の3人と事前に決められた出店者当番の3人が商品棚やタープなどを用意する。午後12時のマルシェ閉場時には,出店者全員で一緒に撤収作業を行っている。

第1図  研究対象地域

(行田市提供資料より作成)

第2図  マルシェへの出店者数と委託販売割合の推移

(行田市提供資料より作成)

マルシェは各月3〜5回開催され,月単位で集計した。

第3図  マルシェの売上と来場者数の推移

(行田市提供資料より作成)

マルシェは各月3〜5回開催され,月単位で集計した。

III. 出店者の業態

農作物の出店者の多くは軽トラ朝市の時期から出店しているが,マルシェ出店者全体でみると少数派である。マルシェへの移行後,飲食や工芸に業種が拡大する際に,現在の出店者は様々な契機で参加するようになった。最も多い契機は市役所からの勧誘,もしくは市の広報であった。本章では,出店者の出店形態とマルシェ以外での業態について出品する品目毎に分析する。

1. 農作物の販売

出店者の年齢は40代から80代である。このうち主業農家は出店者5のみである(第1表)。出店者はいずれも行田市内に居住している。1 ha以上の農地で農作物を栽培しているのは出店者2と4のみである。出店者2は世帯主と20代の息子が農外で就業しており,主たる農業従事者は50代の世帯主の妻と,妻の父である。出店者4は農外就業を主たる生計手段としており,農作物の販売で収益性を追求していない。その他の出店者1と3,6は自家消費用に栽培した農作物の余剰分をマルシェで販売し,いずれの出店者も定年退職後に農作業を開始している。面積は家庭菜園のような規模から80 aと多様であるが市場出荷を目的として農作物を栽培していない。

出店者が農作物の栽培を主業としているにしろ,自家消費用とするにしろ,「趣味の延長」にしろ,マルシェで販売される農作物は野菜を中心としている。野菜一商品3)で100〜200円で販売されることが多く,客単価は200〜400円である。出店者5のみ量り売りで販売し,袋詰めの作業と袋代のコストを削減している。

マルシェ以外でも販売している出店者は1と2, 5, 6である。主業農家である出店者5はブロッコリーとナスを中心に収穫物の90%をJA経由にて市場出荷し,残り10%をJAとイオンモール羽生の常設直売所・直売コーナーへ出荷し,出店者5のマルシェへの出荷は全収穫物の1%未満となっている。その他の出店者は行田市内外の常設直売所や無人販売所などで自身の農作物を販売しているが,マルシェでの売上が最大となることはない。例えば出店者2はマルシェでの売り上げも重視しているが,客とのコミュニケーションを最も重視し,出店者6では一般的に流通していない珍しい野菜を生産し,食べ方を教えながら販売することを意図している。主業農家の出店者5は軽トラ朝市の頃から出店しているものの,経営耕地面積の拡大にともなう多忙化で出店回数が減っている。しかし,コロナ禍で野菜の販売単価が下がっており,マルシェを含めた直売への比重を高めようとしている。また,客と対面しながら売りたいと考えている。

マルシェへの出店にかかわる追加の業務は,マルシェでの小売業務や運搬などを除いて発生していない。通常の収穫作業と同様の形態で,マルシェへ出品する農作物を収穫している。多くの出店者はマルシェ閉場間際になると,売れ残った野菜を飲食や工芸・その他の出店者へお裾分けしている。出店者5のみ,売れ残ったナスを自社で漬物へ加工するほか,鮮度によっては市場出荷に回している。いずれの出店者もマルシェでの直売活動を主たる収入を得る行為と位置付けていない。

第1表  出店者の業態と出店の形態
品目 出店者番号 年齢 行田市出身 マルシェ以外の業態・職業 マルシェでの販売単価 出店にかかわる追加の業務 他のイベント・直売所等への出店・出荷
農作物 1 68 アルバイト,年金 200~300円 早朝の収穫と袋詰め コンビニ,シルバー人材センター
2 51 出店者の配偶者による収入 なし 市内の直売所,JA
3 73 職人仲間の手伝い,金 約200円 早朝の収獲 なし
4 80 建設業 なし
5 43 農業(JAやイオンの直売所に出荷),倉庫業 300~400円 なし JAやイオンの直売所
6 73 草刈り,芝刈り,年金 袋詰め 個人営業,無人販売
飲食物 7 常設店舗での飲食業 早朝の出店準備・マルシェ終了後の撤収 常設店舗
8 前日からの出店準備 なし
9 40代 なし 県内各地への出店
10 介護 出店準備 県内のイベントや大学への出店
11 40代 常設店舗での飲食業 早朝の出店準備 行田市役所前や水城公園内沼への出店
工芸品・その他 12 43 グラフィックデザイナー,藍染体験工房 出店準備等 市内にて藍染体験工房を実施している
13 常設店舗での物販 約500円 常設店舗での物販
14 70~80 0~3,000円 観光物産館
15 60 なし 300~700円 メッセージカード作成 なし
16 34 自営業(リフォーム業)手伝い 500円 なし 市内のイベントへの出店

(聞き取り調査により作成)

「−」は不明。

2. 飲食物の販売

出店者の年齢は40代から60代である。行田市内に常設店舗が立地しているのは出店者7と11のみで,その他は全て行田市内に居住しているか,移動販売での訪問となっている。出店者7は夫婦でパン屋等を経営しており,妻が行田市出身である。パン屋と異なる業態の和食系店舗は行田市に店舗を構えているものの,パン屋は鴻巣市に立地している。当初は妻の地元で開催されているマルシェで,パン屋の商品の販売を希望していたが,行田市内に店舗が立地しているという規則にのっとり,パン屋とは異なる屋号でパンを販売している。出店者9と10はキッチンカーのため常設店舗はない。出店者9については店主,出店者10については妻が行田市出身である。

出店者7と11は平日に常設店舗で営業している。とくに出店者11はマルシェでは主におはぎを販売しているが,常設店舗はカフェレストランとして甘味以外の食事も提供している。出店者8はコーヒー関連器具のメーカーに再雇用制度で就労している。出店者9と10のうち,9はキッチンカーでの営業を専業としており,平日も週4日で埼玉県内の公共施設や商業施設,大学で営業している。他方,出店者10は県内にある私立大学で週1日で営業しているが,それ以外の日には夫婦ともに介護職に従事している。両者ともに大学の夏季休暇やイベントの開催等に合わせて,臨機応変に営業日時と出店先を変えている。

マルシェへの出店にむけて,出店者7は当日の朝に限定商品としてブルーベリーやチョコレート味の食パンを製造している。さらに,出店中に鴻巣市の常設店舗に売上状況を連絡し,過不足に応じて随時商品の追加・回収をしており,売れ残った商品は行田市内で営業する常設店舗で販売している。出店者8は前日の夕方から水出しコーヒーを準備している。出店者11については,常設店舗の定休日を日曜日とし,常設店舗向けの商品を準備している平日の早朝に,マルシェに向けた商品も準備している。

出店者7と11はともに常設店舗の営業を主としている。マルシェで得られる収入は出店者7で常設店舗での売上の約20%,出店者11で10,000円未満であり,収入を得る行為としてのマルシェで直売活動の重要性は低い。出店者8は雇用労働に従事しながら趣味としてコーヒーを販売し,収入としての重要性は低い。他方,出店者 9と10についてはマルシェに求める収入の重要性は高い。1日の売上目標額は10,000~20,000円であるが,目標額に満たない場合には,撤収後に他所で営業することもある。

3. 工芸品の販売・その他

出店者の年齢は,30代から80代である。出店者12と13は行田市内の法人である。出店者12の出店業務担当者はNPOの運営する藍染体験工房で働くスタッフで,行田市出身である。いずれの出店者もマルシェで商品を販売しておらず,工房での藍染体験やイベントの広報活動を行う機会としている。出店者13の出店業務担当者は一般社団法人の運営する行田市商工センター内の観光物産館「ぶらっと♪ぎょうだ」にて行田市の伝統工芸品や食品を販売するスタッフである。マルシェでの販売は常設店舗と同様の商品展開を,出品数を減らした形態で実施している。

他方,出店者14~16は一般の行田市在住者による出店である。出店者14は10人で構成されるものづくりのサークルであり,和服をリメイクした小物類やバッグ,ビーズアクセサリーを交代で販売している。各人が平日に作品を製作し,常設の観光物産館でも,マルシェで販売している商品に加えて,和服をリメイクした洋服類を委託販売している。出店者15は著名な作家の下でキルト作品の製作を学びながら,自身の作品を製作してマルシェで販売している。出店者16はリフォーム業を営む夫を手伝いながら,通常業務の合間にネックレスやリボンといった小物類を製作・販売している。マルシェのほかにも,行田市内の「ヴェールカフェ」や「ヒロショウマルシェ」,「ぬまのほとりであいましょう」といったイベントにも出店している。いずれの出店者も,マルシェへの出店行為自体に意義を見出しており,マルシェに向けた追加の業務の発生という感覚はない。

商品を販売している出店者13~16は,収益性の向上を追求していない。出店者13はDMOとして収益性の向上を求められるが,マルシェの1日あたりの売上額は常設店舗の10%未満であり,マルシェを行田市の伝統工芸品である足袋や,埼玉県北の銘菓「塩あんびん」や「いがまんじゅう」といった商品を周知させる機会に位置付けている。マルシェへの訪問客に対して行田市を広報し,より多くの品目を揃えた常設店舗へ誘導することを主目的としている。収益性の向上は常設店舗で目指している。出店者14~16は,耐久消費財という商品の特性から,1日あたりの購入者は少ない。売上額が0円の日もあれば,商品単価によっては10,000円以上となる日もある。しかし,商品を作ること自体や,顧客との交流を楽しんでいるため,収益性を求めていない。

IV. マルシェへの出店を通じて得られた経験

1. 個人的な経験

マルシェへの出店によって個人が自己完結的に得た経験として,全ての業態を通じて出店者が何らかの「楽しみ」や「こだわり」など2)を実感していた(第2表)。マルシェという空間で得られる「楽しみ」は,客層に応じた商品の準備や,日常とは異なる野外での販売,地域貢献,出身地や居住する行田市への貢献という実感,店を応援してくれる人の確認,キッチンカーの改造の楽しさなどが出店準備を通じて得られていた。とくに農作物や工芸を出品する高齢の出店者ほど,「楽しみ」にかかわる諸経験を挙げる傾向にある。地元である行田市への貢献は他出者で挙げられる傾向にある。

「楽しみ」に加えて,通常業務での商品に対するこだわりや商品開発,製作を通じた認知症予防につながっていると実感する出店者もみられた。とくに無農薬・減農薬で栽培した農作物や食品といった自身で栽培・製作した商品を販売する出店者が,自身の日常的な営みにこだわりや自信を得ていたことは特徴的である。

これらのことから,通常業務や製作などのマルシェへの出店準備にかかわる段階では,マルシェへの出店を通じて得られた個人的経験が商品開発や商品への自信など主に自身の生産や製作自体にポジティブに作用していると考えられる。とくに農作物や工芸品での出店者は,マルシェでの販売を通じて,通常業務や日常生活では得られない消費者からの感想を得ている。この感想は自身の農作業や工芸品の製作を肯定することにつながっていると考えられる。

第2表  マルシェの出店を通じて得られた経験
出店の契機

自分で出店可能な区域を探して:飲

地元に貢献したかった:飲,飲

知人との会話から知る:工

市役所からの誘い:農,飲,飲

市報・チラシ:飲,工,工

その他:飲,飲,工

軽トラ朝市のころから出店:農,農

出店を通じて最も印象に残っている・よかったと思えること 個人

マルシェの客層に合わせた商品を準備している:工,工

野外での販売に新鮮さを感じる:飲

普段の営業のへこだわりにもなると考え出店し続けている:飲

地域貢献のために出店している:農,飲

商品に対してこだわりや自信を持てた:農,農,飲

行田市の商品をPRできたことがうれしかった:工

商品開発やキッチンカーの改造が楽しい:飲

商品の製作がボケ防止につながっている:工

消費者の顔を見ながら商売できることが楽しい:農

工房を応援してくれる人が増えた:工

出店者

他業者と知り合えた:飲

特段のエピソードはないが,毎週顔をあわせる出店仲間のいるマルシェに来るのは楽しみ:農,農

他の出店者と商品の交換・売買ができる:農,農,飲,飲,工,工

出店者とのかかわりはない:飲

他の出店者とのコラボを検討:農

『ぶらっとぎょうだ』への出品の誘いをすることがある:工

気が合う出店者と話すことがある:工

特に無いが行田の農産物にはなじみがあった:工

「先週買った野菜がおいしかった」という言葉をもらえたこと:農,農,農

友人や店の客がマルシェに来る:飲

自店舗のことを知ってもらうきっかけとなった:飲,工

自店の商品について話すことが楽しい:飲

SNSでの交流や他の出店先での交流:飲,飲,工

商品によって客が喜んでくれた:工

客と野菜についての情報交換:農,農

市の名産品の紹介:工

原材料の調達:工

(聞き取り調査により作成)

「事項:発言者の業種」で,「農」は「農作物」,「飲」は「飲食物」,「工」は「工芸品・その他」の出品者である。

発言者を特定できないように,出店者番号での表記は避けた。

2. 出店者間での関係から得られた経験

出店者間での関係を通じて得られた経験として,他業者や他業種との交流,出店仲間のいるマルシェに来ること自体の楽しみ,他の出店者と商品の交換・売買,出店者間での会話を挙げる者が複数みられた。出店仲間との対面についてはとくに高齢の農作物の出店者で多く,商品の交換・売買については年齢と業種問わずにみられた。実際にマルシェの閉場間際には,出店者同士が残った商品を交換しあう様子を確認できた。

このほかに出店者間でのコラボレーションや経営ノウハウの共有が,一部の出店者でみられた。例えば,農作物の出店者が飲食物の出店者と,行田市の在来品種である「行田在来青大豆」を活用した商品開発を検討している。さらに出店者13では,出店者に対して行田市の運営する観光物産館への出荷も呼び掛けるといった出店者間の交流がみられた。マルシュという空間の利用を通じて構築された関係が通常業務の収益性の向上に結びつけられようとしていると考えられる。一方,出店者とのかかわりはないと応える出店者もみられたが,この出店者もマルシェの会場設営・撤収や閉場間際のお裾分け,商品の購入もしており,多くの出店者は他の出店者との交流を経験しているといえる。

これらのことから販売段階では,出店者間での会話や商品の売買・交換を通じて対面する機会が,マルシェへ出店することへの動機につながっている。マルシェへの出店を通じて出店者が他の出店者との関係から得られた経験が,出店にかかわる業務や出店準備をする日常生活に対してポジティブに作用している。また,一部の出店者間では,マルシェでの商品の売買・交換を通じて,通常業務での新たな商品開発の企画につながっている。

3. 客との関係から得られた経験

客との関係から生じた経験として,農作物の出店者では「野菜がおいしかった」という自身の農作物に対する直接的な評価を得られることや,野菜の調理方法を客と話したといった経験が複数の出店者で挙げられた。飲食物や工芸の出店者では,SNSや他所での出店時にも来てくれる常連客との交流,商品の原料調達,自店舗の宣伝,行田市の名産品の紹介,商品についての会話といった体験が挙げられた。このうちSNSや他所での出店時での交流については,複数の出店者が共通して挙げている。

このほかに出店者の業種にかかわらず,客が求める商品をリサーチし,需要に応じた商品を用意したり,売り方を工夫する出店者が複数みられた。これらの工夫自体が楽しみになっていることに加えて,常設店舗や他所で出店する出店者では通常業務のなかでの経済活動に直接的に利用可能なものも含まれる。これらの工夫はマルシェへの出店準備にかかわる手間ともいえるが,通常業務での出店準備と区別しきれないものである。マルシェへの出店準備にかかわる段階においては,マルシェで来店する客に向けた商品を用意する追加の手間についても出店者にとって大きな負担になっていない。マルシェでの販売段階から,マルシェという空間の利用を通じた客との交流により常設店舗や他所の出店先での顧客を生み出すことにつながっているといえる。

V. マルシェという空間の果たす役割─おわりにかえて─

本稿では,出店者が出店を通じてマルシェという空間をどのように利用し,いかなる経験を得てきたのかを分析することから,マルシェという空間が生産者の他所での経済活動や日常生活に果たす役割を明らかにしようと試みてきた。

その結果,マルシェ自体は出店者にとって経済的機能を期待する空間とはなっていなかった。他方,出店者の出店を通じて様々なスケールで得た経験が常設店舗や他所の出店先での経済活動には直接的,間接的にポジティブに作用していた。この作用は経済規模としては小さいものの,出店者のマルシェでの活動を媒介して中心市街地を超えた行田市という広い範囲に及んでいる。マルシェ自体の空間で生じる経済的効果だけでは,出店者に及ぼすマルシェの果たす役割を計れないといえる。

さらにこうしたポジティブな作用を生じさせてきた経験は,様々なスケールに広がる主体間の関係に基づいていた。マルシェという空間で生まれた出店者間の関係は,マルシェを他者と対面できる機能を果たす空間とさせていた。行田市内外から来訪する客との関わりは自身の栽培する農作物など商品に対する好意的な評価を得られる機会を生み出していたといえる。また個人スケールでみると,地元である行田市への地域貢献という実感を得られる機会ともなっており,とくに就職や結婚などで他出した者が,行田市との結びつきを維持する機能を有していた。さらに高齢者ほど,マルシェへ出品すること自体に「楽しみ」を感じ,「楽しみ」自体の実感は日常生活の営む空間に及んでおり福祉的側面からの意義も見出せるといえる。「楽しみ」を得られるマルシェという空間はより広い範囲の空間で展開する経済活動や日常生活にも波及しているといえる。マルシェという空間の利用を通じて客とのかかわりから得られるものは,「楽しみ」といった非市場的な価値を中心としているが,常設店舗や他所でも営業するような飲食業の業態では,マルシェという空間で得られた「楽しみ」が常設店舗や他所での経済活動を継続するうえでポジティブに作用していると考えられる。

以上のことから,マルシェは開催を主導した自治体からみると商品を販売する機会の提供と,マルシェを含んだ中心市街地の人通りを増加させるためのイベントであった。他方,マルシェという空間を主に利用する出店者にとっては,マルシェという空間での直売活動は市場的価値を期待するものではなかった。出店者のマルシェで得た経験は出店者が行田市各所で経済活動を展開させる際にポジティブに作用するものであった。

本稿を通じて,マルシェはマルシェという個別の空間での行為だけをみると,大した収益を上げる活動でもなく「取るに足らないもの」や,出店者の個人的な「楽しみ」と評されかねないものとなる。しかし,マルシェという空間が,どのように利用され,そこで得られた経験,もしくはマルシェでの直売活動を通じて他所で実感した経験を検討することで,これまでの経済的指標では計りきれなかった意義を見出せた。マルシェ自体は財を交換する空間であることには間違いないのだが,利用する人々の財の交換から派生して得られてきたものを検討することで,生産者による直売という営みを見通す新たな視座を提供できると考えられる。

付記

現地調査に際しては,行田市農政課,マルシェ出店者の皆様からご協力いただきました。末筆ながら以上記して感謝を申し上げます。なお本稿は立正大学大学院地球環境科学研究科「人文地理学演習I・III」の一環で実施し,骨子は2022年日本地理学会秋季学術大会(香川大学)にて口頭発表した。本稿を進めるにあたって2022年度科研費(若手研究:代表者吉田国光),2022年度科研費(基盤研究C:代表者渡辺理絵)の一部を使用した。

(2023年10月3日受付,2023年1月31日受理)

脚注

1) 例えば,田林ほか(2008)吉田(2013)の現地調査で確認できた。しかし,確認できた彼・彼女らの営みを,経済活動の観点から「その他」として分類し,うまく描ききれなかった。

2) 「楽しみ」や「こだわり」の定義自体を検討することは本稿の研究目的の範疇を超える。本稿では出店という行為を通じて出店者に生じた肯定的な印象を総称して「楽しみ」とする。

3) ピーマンなら一袋,ズッキーニなら1本のような状態を指している。

References
 
© 2023 東北地理学会
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