2022 年 38 巻 1 号 p. 1-18
プラズマ医療は,物理学,化学,生物学,医学を包含する新しい学際的研究分野である.大気圧低温プラズマ(NTAPP)を細胞や生体組織に照射することが可能になり,滅菌,創傷治癒,止血,がん治療などの医療への応用研究が始まった.また,NTAPPを細胞培養系に直接照射するのではなく,予めNTAPPを照射し調製した培地(PAM)を細胞に負荷するという間接的方法によってもその細胞の活性に影響を及ぼすことが報告された.筆者らはPAMをA549がん細胞に負荷した場合,細胞内のミトコンドリア–核–細胞膜ネットワークに障害を及ぼし細胞死を誘導することを明らかにした.しかし,PAMを調製するために用いている細胞培養用培地は研究用試薬でありヒトに適用できないため,最終的にPAMを臨床の場に応用することは不適当であると考えるに至った.そこで輸液である酢酸リンゲル液にNTAPPを照射して調製したPAAに対象を変更して検討した結果,PAAの抗がん活性はPAMのそれよりも強く,また,照射後の保管時の温度安定性も優れていた.最後に,がん細胞にPAAを負荷する際に温熱処理(42 ℃)を併用した場合,細胞内カルシウムの上昇を伴う抗がん活性が亢進することが判明した.さらに,このがん細胞死にTRPM2が関与することが,TRPM2阻害剤の添加実験やTRPM2ノックダウン細胞を用いた実験から明らかになった.TRPM2は温度感受性のカルシウムチャネルであり,PAA負荷により細胞内に蓄積するH2O2やADP-riboseにより活性化される.PAAはがん細胞内でH2O2をはじめとする活性酸素の産生を亢進することでミトコンドリア傷害やDNA分断を含む核画分障害を誘導した.以上,NTAPP照射液負荷と温熱処理との併用の臨床への応用の可能性を示すことができた.