抄録
【目的】
近年,肺癌に対する手術適応は拡大され,クリニカルパスやDPCの導入により在院日数の短縮化も進んでいる.このような状況下で周術期理学療法の役割は重要性を増しており,早期離床や合併症予防といった従来の目的のみならず,早期社会復帰のための運動機能回復にも寄与する必要がある.今回我々は肺切除術の中で比較的頻度の多い部分切除,上葉切除,下葉切除において術前後の6分間歩行距離(6MWD)および,インセンティブスパイロメトリー(IS)の推移について検討したので報告する.
【対象】
対象は2009年2月から20011年3月までに当院において肺切除術クリニカルパスに準じ,肺悪性腫瘍に対する肺部分切除および肺葉切除術を受け,周術期PTプログラムを完遂した44例(男性32例,女性18例)とした.
【方法】
全例に対し術前呼吸訓練を行い,術後翌日より離床し,退院まで運動療法を実施した.対象の44例を切除部位にて部分切除,上葉切除,下葉切除の3群に分類し,この3群間で運動耐容能の評価として6MWDを,呼吸機能の評価としてvolume型IS(smith medical社coach2)の最大吸気容量(ISmax)を術前後に測定し,比較検討を行った. また残存肺亜区域による術後予測肺活量も算出した.統計処理にはデータの分布に応じ,それぞれの群における術前後の比較にはwilcoxonの符号付順位和検定,3群の群間比較にはtukey-kramer検定を行った.統計学的有意水準は危険率5%未満とした.
【結果】
44例の年齢は(35~88歳:中央値70歳)であった.切除部位は部分切除16例,上葉切除13例,下葉切除15例であった.開胸法は全例胸腔鏡補助下肺切除術(VATS)であった.部分切除群は(男性9例,女性7例) 年齢(35~83歳:中央値70歳), 上葉切除群は13例(男性10例,女性3例) 年齢(43~83歳:中央値63歳), 下葉切除群は15例(男性7例,女性8例) 年齢(41~88歳:中央値71歳)であった.3群間において年齢,性別に有意差を認めなかった.6MWDは部分切除群:中央値(範囲)は術前406m(300~540m)/退院時400m(320~540m)/回復率98%,上葉切除群:術前432m(300~568m)/退院時366m(230~470m)/回復率85%,下葉切除群:術前419m(206~652m)/退院時375m(120~564m)/回復率89%であった.ISmaxは部分切除群:中央値(範囲)は術前1813ml(750~2500ml)/退院時1500ml(825~2500ml)/回復率82%,上葉切除群:術前2000ml (500~2500ml)/退院時1250ml(750~2000ml)/回復率63%,下葉切除群:術前1750ml(1000~2500ml)/退院時1100ml(750~1500ml) /回復率63%であった.術後平均予測肺活量は部分切除群95%,上葉切除群83%,下葉切除群73%であった.3群間において術前の.6MWD,ISmax両指標に有意差を認めなかった.また両指標において上葉切除群,下葉切除群で術後に有意に低下し (p<0.05),術後の多重比較検定ではISmaxにおいて部分切除群と下葉切除群に有意差を認めた(p<0.05).退院時測定は術後8日(中央値)であった.
【考察】
肺切除後の運動耐容能,呼吸機能に関しては多くの報告がされているが,今回の調査では6MWD,ISmax両指標は術後に肺葉切除群で有意に低下し,肺葉切除群間では有意差を認めなかった.またISmaxにおいて低下率が高く,肺葉切除群での低下が顕著であった.これは肺葉切除では部分切除に比べ肺切除領域が広く,肺胞換気量の低下や肺血管床の低下による右心負荷から運動耐容能が影響を受けやすいためと考えられた.またISmaxでは呼吸筋や胸壁等,手術侵襲や疼痛の影響を受け易く,より肺切除量を反映し易いためと考えられた.以上の結果をふまえ,今後は現行の肺合併症予防を目的とした周術期理学療法に加え,切除領域や回復経過に応じたプログラムの実施が必要であると考えられた.