抄録
岩手県雫石町の大滝沢試験地における11年間(1993〜2003)のブナの種子落下および実生発生・生残の観測データを解析し,種子落下量の年変動パターン,開花量と受粉効率,種子散布前の段階の種子食昆虫による虫害からの回避,散布後段階の捕食回避について検討した。1995, 2000, 2003年の3年が豊作年(健全種子94個/m2以上と定義)で,残りが凶作年(20個/m2以下)であり,まったく健全種子が観測されなかった年が5回あった。雄花序数と不稔種子の割合には有意な負の相関はみられず,大量開花年ほど受粉効率が高い傾向はなかった。有稔性種子数あるいはそれの対前年比とブナヒメシンクイによる虫害率との問に負の相関がみられ,豊作年ほど散布前の虫害が回避されている傾向がみられた。一方,健全種子数と翌春の実生発生率,発生実生数と当年秋までの実生生残率との間には有意な相関がなく,豊作年ほど種子散布後の捕食が回避されている傾向はなかった。この林分にはブナと共通の捕食者(野ネズミ)をもつトチノキ,ミズナラなどが混交しており,それらの樹種の結実が同調していないことが,豊作年でも種子散布後の捕食を回避できないことに関与している可能性が示唆される。