抄録
Pasteurella multocida(本菌) 感染症は, 人畜共通感染症の1つであるが, 本菌による尿路感染症の報告はきわめて少ない. 本論文では, われわれが経験した糖尿病の1例で, 経過中に本菌による尿路感染症を併発した例について若干の文献的考察を加え報告した. 症例は22年の糖尿病歴を有する70歳の女性で, 1988年よりインスリンおよび経口血糖降下剤を使用して当院にて経過観察中であった. 通院開始当初より尿中にグラム陰性桿菌が証明されていたが, 1991年11月, 本菌と同定された. 患者の娘の飼育しているイヌの口腔にも本菌の存在が証明され, 両者から分離された本菌は, 生化学的, 血清学的, さらに耐性パターン, プラスミドサイズによる比較で同一の菌と確認された. 本菌による感染症では, 敗血症を伴うような重症例の報告もあるが, 本例では全身への影響は小さかった. しかし本菌の尿路からの消失後, HbA1cでみた血糖コントロール状況は, 1年後には明らかに改善された. 抗生物質による治療も有効であったが, 感染源と思われるイヌの死亡による接触の断絶が尿所見の改善の最大の理由と考えられた. 以上の結果は, 糖尿病における本菌尿路感染症は比較的まれであり, また臨床症状に乏しくともコントロールに悪影響を与えていることがあり, 診療上注意を要することを示唆している.