抄録
本稿では、文化遺産をプロセスとして捉えるアプローチを採り、1970年代から今日に至るまでの、日本における産業遺産の観光資源化を一連のプロセスとして明らかにした。まず、上述のアプローチの中心的な概念である“heritagization”を批判的に検討し、D. スロスビーによる文化資本の概念を踏まえて理論的な枠組みを定めた。その上で、産業遺産の代表例として炭鉱・鉱山の遺構を取り上げ、複数の事例の通時的な比較研究を行った。その結果、産業遺産を観光資源として活用する方法が1990年代を境にして大きく転換したことを実証的に示した。また、この社会的背景として、産業遺産の保全活用を担う主体の社会的目標に応じて、産業遺産に見出される経済的/文化的価値の比重が変容したことを明らかにした。さらにその中での、産業遺産の観光資源化に関与する主体の多様化、産業遺産を保全する上での観光の位置づけの変化、価値構築の準拠点となる「過去」の多様化なども実証的に明らかにし、以上を総括して日本における産業遺産の観光資源化プロセスを示した。最後に、“heritagization”とは複数の主体による実践の連関の中に生じるプロセスであると結論づけ、従前の総論的な概念規定に対する新しい視座を提示した。