抄録
代替フロン溶剤として電子部品の洗浄等に使用されている1-ブロモプロパン(1-BP)について、作業現場での曝露による神経毒性がアメリカ、中国、日本において最近報告されてきている。しかしながら1-BPの作業環境における許容濃度は決定されておらず、その生体影響、特に神経毒性評価が急務とされている。本研究では1-BPの中枢神経系における毒性発現とその機序を解明するために、培養細胞系や脳スライス標本を用いた1-BPの細胞機能に対する直接作用、ならびに曝露モデル動物の脳を用いた1-BP曝露による中枢神経機能の変化について検討した。まずアフリカツメガエル卵母細胞にクローン化遺伝子より発現させたGABAA受容体あるいはニコチン性アセチルコリン(nACh)受容体に対して、1-BPはリガンド誘発電流を直接増強(GABAA受容体)あるいは抑制(nACh受容体)し、海馬スライス標本からの細胞外電位記録からはGABA性フィードバック抑制の増強作用が認められた。また培養グリア細胞において1-BPは細胞内リン酸化酵素であるプロテインキナーゼA(PKA)の活性化を抑制することにより、神経保護作用を持つ脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現量を減少させた。一方、亜慢性曝露(濃度200-700ppm、6時間/日、5日/週、12週間)のラット海馬ではGABA性フィードバック抑制の減弱、すなわち脱抑制による過興奮が認められ、この時GABAA受容体・nACh受容体サブユニットの発現量、ならびにBDNF発現量も変動していた。これらの結果から、1-BPは中枢神経系において細胞膜受容体ばかりでなく細胞内シグナル伝達系にも作用して様々な中枢神経毒性を発現し、また曝露様式の違いにより異なる毒性を発現する可能性が示唆された。