抄録
新薬の承認審査では医薬品のリスク・ベネフィット(R/B)評価が行われると誰もが信じているが、実際には本当の意味でのR/B評価は行われておらず、方法論も確立していない。リスクとベネフィットそれぞれの操作性を伴う定義が存在せず、定義不在の議論が展開されている。R/Bは、いかなる形(比でも和でも)にせよ、両者を組み合わせて一つの統合した指標として扱わない限り、意思決定にはあまり役立たないのだが、その組み合わせに係るルールが今は存在しない。薬理・毒性試験では開発の局所的な要請に応じて(例えば候補化合物の選択に役立つように)組み合わせをad hocに設けることができるが、臨床評価ではそこに臨床的意義が経験知として求められる。
個々の患者のR/Bと集団のR/Bは別物だが、承認審査では暗黙のうちに素朴な功利主義(単純な足し算)を前提とした有効性と安全性の集団での評価が行われる。しかし、それで集団の健康が最大化される保証は実はない(そのためには、例えば、副作用の健康への影響は副作用の程度に応じて逓増しない等の前提が必要)。オーファン薬のR/B評価では、個人のR/Bが前面に出る傾向があり、集団でのR/B評価に基づく通常の新薬とは違う健康への帰結を生む可能性がある。
不確実さへの対応も考えなければならない。企業研究者・機構審査担当者を問わず、不確実さに対する態度(曖昧なデータをどのくらい嫌うか)は個人差が大きい。そのような個人差は、問題設定のあり方しだいで結論(例えば新薬を承認するかどうか)を逆転させるほどの影響を持つ。組織(企業、機構)として判断をくだす場合にも同様の問題が発生する。
承認審査において、R/Bという概念を単なるお題目ではなく実際に使えるものとするには、こうした問題に一つずつ取り組んでいかねばならない。なかなか高い壁だが、孫子の代までには乗り越えたい壁である。